創世記 黙想44【ヤコブ共同体を離れたユダ】221021(金) 枝川愛の教会
創世記 38:1~1138:1 そのころのことであった。ユダは兄弟たちから離れて下って行き、名をヒラというアドラム人の近くで天幕を張った。38:2 そこでユダは、カナン人で名をシュアという人の娘を見そめて妻にし、彼女のところに入った。38:3 彼女は身ごもって男の子を産んだ。ユダはその子をエルと名づけた。38:4 彼女はまた身ごもって男の子を産み、その子をオナンと名づけた。38:5 彼女はまた男の子を産み、その子をシェラと名づけた。彼女がシェラを産んだとき、ユダはケジブにいた。38:6 ユダはその長子エルに妻を迎えた。名前はタマルといった。38:7 しかし、ユダの長子エルは主の目に悪しき者であったので、主は彼を殺された。38:8 ユダはオナンに言った。「兄嫁のところに入って、義弟としての務めを果たしなさい。そして、おまえの兄のために子孫を残すようにしなさい。」38:9 しかしオナンは、生まれる子が自分のものとならないのを知っていたので、兄に子孫を与えないように、兄嫁のところに入ると地に流していた。38:10 彼のしたことは主の目に悪しきことであったので、主は彼も殺された。38:11 ユダは嫁のタマルに、「わが子シェラが成人するまで、あなたの父の家でやもめのまま暮らしなさい」と言った。シェラもまた、兄たちのように死ぬといけないと思ったからである。タマルは父の家に行き、そこで暮らした。 ヨセフが売られた後、兄弟たちは父親ヤコブの回復しない悲しみを見て罪責感を感じていたと思います。また、共犯である兄弟同士の関係もぎこちなくなり、弱まったはずです。ヤコブの家は近親不倫、殺人、強姦、人身売買、嘘で汚れ、関係も崩れていました。そこで「ユダは兄弟たちから離れて下って行き1」というのは家を出て独立したということです。家の状況が複雑に働いたと思います。ユダはアドラムというところに行き、異邦人の女性と結婚します。ユダも異邦の文化に同化していきます。アドラムは後日、ユダの子孫であるダビデが苦しい時を過ごした所です。ユダがカナンの女性を妻に迎えたのだから、ダビデにもキリストにもその血が流れます。 ユダの長男エルの妻の名前がタマルです。長男のエルがどんなことをしたのか分かりませんが、神様は彼を悪しき者とし、殺します。それでユダは次男のオナンにダマルと結婚させます。古代には兄が死ぬと弟が兄の妻と結婚して子どもを産み、兄の代を継ぐ制度がありました。しかし、オナンは膣外射精で妊娠を回避します。結婚を回避したのではなく、結婚も関係もした後に妊娠を回避したのですから、罪質が卑劣でずるいです。神様はこれに怒り、オナンも死にます。 ユダは契約のヤコブの共同体を離れることで、多くのことを失います。ユダは二人の息子を亡くし、タマルは未亡人になりました。ユダにはシェラという三男がいましたが、まだ幼かったから、成長すると結婚させると約束し、タマルをしばらく実家に送りますが、ユダはその約束を守りません。今日の話はここまでです。 37章の最後にヨセフがポティファルの家に奴隷として売られますが、その話は38章を飛ばして39章で続きます。今日の本文の38章は、全く別のユダの家族の語しを眺望するように扱っています。創世記の著者はユダの苦痛を通じてヤコブの苦痛の因果関係を語ろうという編集の意図があったと思います。ユダも仕方なく子どもたちの悪行によって苦みます。ユダがシェラをタマルと結婚させなかったのは、末っ子シェラも死ぬかと心配したからです。そんなユダがヤコブの愛した息子ヨセフを売ってヤコブを悲しませたことを思い出します。そして創世記の著者はタマルにスポットを当てざるを得なかったのは、このタマルが先日に日曜礼拝で読んだラハプとともにキリストの系図の母になるからです。