민수기 에세이 【사람이 여호와께 서원하였거든】 202505028(수) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

민수기 30:1~16 30:1 모세가 이스라엘 자손 지파의 두령들에게 일러 가로되 여호와의 명령이 이러하니라 30:2 사람이 여호와께 서원하였거나 마음을 제어하기로 서약하였거든 파약하지 말고 그 입에서 나온 대로 다 행할 것이니라 30:3 또 여자가 만일 어려서 그 아비 집에 있을 때에 여호와께 서원한 일이나 스스로 제어하려 한 일이 있다 하자 30:4 그 아비가 그의 서원이나 그 마음을…

民数記 黙想 【ラッパの祭りと贖罪の日】 20250526(月) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

民数記 29:1~11 29:1 第七の月には、その月の一日に聖なる会合を開かなければならない。あなたがたは、いかなる労働もしてはならない。これを、あなたがたにとって角笛が吹き鳴らされる日としなければならない。 29:2 あなたがたは、次のものを献げよ。主への芳ばしい香りとして、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛一頭、雄羊一匹、傷のない一歳の雄の子羊七匹。 29:3 それに添える穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパ、 29:4 七匹の子羊については、一匹につき十分の一エパ。 29:5 また、あなたがたのために宥めを行うには、罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。 29:6 これとは別に、新月祭の全焼のささげ物とその穀物のささげ物、常供の全焼のささげ物とその穀物のささげ物、および、それらに添える注ぎのささげ物、すなわち、規定による、主への食物のささげ物、芳ばしい香り。 29:7 この第七の月の十日には、あなたがたは聖なる会合を開き、自らを戒めなければならない。いかなる仕事もしてはならない。 29:8 あなたがたは、主への芳ばしい香りとして、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛一頭、雄羊一匹、一歳の雄の子羊七匹を献げよ。それらはあなたがたにとって傷のないものでなければならない。 29:9 それに添える穀物のささげ物については、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパとする。 29:10 七匹の子羊については、一匹につき十分の一エパ。 29:11 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、宥めのための罪のきよめのささげ物、常供の全焼のささげ物とそれに添える穀物のささげ物、および、それらに添える注ぎのささげ物とは別である。   第七の月の初日、ラッパの祭りはラッパの音によって思い起こさせる日です。天を切り裂くように響き渡るその音は、まるで神様の声のように、鈍くなった魂を揺さぶり目覚めさせます。このラッパは目覚めの警告でありながら、『ヨハネの黙示録』にある裁きのラッパとは異なります。ラッパの祭りに吹かれるラッパは、罪を責めるためではなく、神様のもとへ立ち返るようにとの呼びかけなのです。 そしてラッパの祭りから十日後、すなわち第七の月の十日は贖罪の日です。ラッパの音を聞いて目覚めた信徒は、この贖罪の日に備えます。イスラエルにとって最も厳粛な日です。大祭司は至聖所に入り、民全体の罪のために贖いのいけにえをささげ、一頭のやぎに罪を託して荒野へ追放します。贖罪の日は恵みの日であると同時に、自らの罪と向き合う日でもあります。罪の重さを知り、それと同時に贖いの恵みを深く悟る日なのです。 贖罪の前にラッパが吹かれるというのは、非常に印象的です。贖罪とはすなわち裁きでもあります。自らが罰を受けない代わりに、身代わりのいけにえが血を流し、その罪の代価を支払うのです。神様はまずラッパを吹いて目覚める機会を与え、悔い改めの道を開いてくださいます。ラッパの祭りと贖罪の日その日よりも、本当に大切なのは、そのあいだの十日間なのではないでしょうか。目覚めた民は、生きるための唯一の道、すなわち贖罪の日に向けて備えをするのです。 現代のクリスチャンたちは、ユダヤの祭りにおけるラッパの祭りのような霊的警鐘を心に抱いて生きているでしょうか。もしラッパの音を聞いて、自らの魂を揺さぶり目覚めさせることができるなら、年に一度の贖罪の日でなくても、私たちは贖罪を受けることができます。年に一度、大祭司が代わりに至聖所へ入らなくても、かわいそうなやぎを荒野に放たなくても、贖罪は受けられるのです。贖罪の備えは豊かに与えられているのに、そのラッパの音と、それに応えて嘆き悔いる声が聞こえてこないことこそが、今もっとも嘆くべきことなのです。 ※昨日は、本来与えられていた本文である「ラッパの祭り」と「贖罪の日」を先に飛ばし、その次の本文である「仮庵の祭り」についての黙想を先に分かち合いました。したがって本日は、順番を戻して「ラッパの祭り」と「贖罪の日」について改めて黙想をお届けします。

민수기 묵상 【나팔절과 속죄일】 202505027(화) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

민수기 29:1~11 29:1 칠월에 이르러는 그 달 초일일에 성회로 모이고 아무 노동도 하지 말라 이는 너희가 나팔을 불 날이니라 29:2 너희는 수송아지 하나와 수양 하나와 일 년 되고 흠 없는 수양 일곱을 여호와께 향기로운 번제로 드릴 것이며 29:3 그 소제로는 고운 가루에 기름을 섞어서 쓰되 수송아지에는 에바 십분지 삼이요 수양에는 에바 십분지 이요 29:4 어린…

민수기 묵상 【나팔절과 속죄일】 202505027(화) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

민수기 25:1~18 25:1 이스라엘이 싯딤에 머물러 있더니 그 백성이 모압 여자들과 음행하기를 시작하니라 25:2 그 여자들이 그 신들에게 제사할 때에 백성을 청하매 백성이 먹고 그들의 신들에게 절하므로 25:3 이스라엘이 바알브올에게 부속된지라 여호와께서 이스라엘에게 진노하시니라 25:4 여호와께서 모세에게 이르시되 백성의 두령들을 잡아 태양을 향하여 여호와 앞에 목매어 달라 그리하면 여호와의 진노가 이스라엘을 떠나리라 25:5 모세가 이스라엘…

民数記 黙想 【仮庵の復記】 20250526(月) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

民数記 29:12~40 29:12 第七の月の十五日には、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。あなたがたは七日間、主の祭りを祝え。 29:13 あなたがたは、主への芳ばしい香り、食物のささげ物として、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛十三頭、雄羊二匹、一歳の雄の子羊十四匹を献げよ。これらは傷のないものでなければならない。 29:14 それに添える穀物のささげ物としては、油を混ぜた小麦粉を、雄牛十三頭については雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊二匹については雄羊一匹につき十分の二エパ、 29:15 子羊十四匹については子羊一匹につき十分の一エパとする。 29:16 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。 29:17 二日目には、若い雄牛十二頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、 29:18 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。 29:19 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。 29:20 三日目には、雄牛十一頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、 29:21 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。 29:22 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。 29:23 四日目には、雄牛十頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、 29:24 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。 29:25 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。 29:26 五日目には、雄牛九頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、 29:27 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。 29:28 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。 29:29 六日目には、雄牛八頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、 29:30 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。 29:31 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。 29:32 七日目には、雄牛七頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、 29:33 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。 29:34 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。 29:35 八日目に、あなたがたはきよめの集会を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。 29:36 あなたがたは、主への芳ばしい香り、食物のささげ物として、全焼のささげ物、すなわち、雄牛一頭、雄羊一匹、傷のない一歳の雄の子羊七匹を献げよ。 29:37 それらの雄牛、雄羊、子羊のための、穀物のささげ物と注ぎのささげ物の数量は規定どおりである。 29:38…

민수기 묵상 【초막의 복기】 202505026(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

민수기 29:12~40 29:12 칠 월 십 오 일에는 너희가 성회로 모일 것이요 아무 노동도 하지 말 것이며 칠 일 동안 여호와 앞에 절기를 지킬 것이라 29:13 너희 번제로 여호와께 향기로운 화제를 드리되 수송아지 열 셋과 수양 둘과 일 년된 수양 열 넷을 다 흠 없는 것으로 드릴 것이며 29:14 그 소제로는 고운 가루에 기름을 섞어서…

民数記 黙想【一部から全部を】20250524(土) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

民数記 28:1-15 28:1 主はモーセに告げられた。 28:2 「イスラエルの子らに命じて彼らに言え。あなたがたは、わたしのための食物、わたしへのささげ物を、わたしへの食物のささげ物、芳ばしい香りとして、定められた時に確実にわたしに献げなければならない。 28:3 彼らに言え。これがあなたがたが主に献げる食物のささげ物である。傷のない一歳の雄の子羊を、毎日二匹、常供の全焼のささげ物として。 28:4 一方の子羊を朝献げ、もう一方の子羊を夕暮れに献げなければならない。 28:5 穀物のささげ物として、上質のオリーブ油四分の一ヒンを混ぜた小麦粉十分の一エパ。 28:6 これはシナイ山で定められた、常供の全焼のささげ物であり、主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。 28:7 それに添える注ぎのささげ物は、子羊一匹につき四分の一ヒンとする。聖所で、主への注ぎのささげ物として強い酒を注ぎなさい。 28:8 もう一方の子羊は夕暮れに献げなければならない。朝の穀物のささげ物、および、それに添える注ぎのささげ物と同じものを、これに添えて献げなければならない。これは主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。 28:9 安息日には、傷のない一歳の雄の子羊二匹と、穀物のささげ物として油を混ぜた小麦粉十分の二エパと、それに添える注ぎのささげ物。 28:10 これは、安息日ごとの全焼のささげ物で、常供の全焼のささげ物とそれに添える注ぎのささげ物に加えられる。 28:11 あなたがたは月の最初の日に、次のものを献げなければならない。主への全焼のささげ物として、若い雄牛二頭、雄羊一匹、傷のない一歳の雄の子羊七匹。 28:12 雄牛一頭につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の三エパ。雄羊一匹につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の二エパ。 28:13 子羊一匹につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の一エパ。これらが主への全焼のささげ物、芳ばしい香り、食物のささげ物である。 28:14 それに添える注ぎのささげ物は、雄牛一頭につき二分の一ヒン、雄羊一匹につき三分の一ヒン、子羊一匹につき四分の一ヒンのぶどう酒でなければならない。これは一年を通して毎月の、新月祭の全焼のささげ物である。 28:15 主への罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これは、常供の全焼のささげ物とそれに添える注ぎのささげ物に加えられる。   荒野という場所は、人が住みやすい場所ではありません。イスラエルの民が神様に不平を言ったように、荒野には食べ物も飲み物もなく、安心してゆっくり休めるのも難しい場所です。しかしイスラエルは、そのような荒野で40年間も生きてきました。それも、大きな民族が40年を過ごしたのです。  彼らは自給自足していたわけではありません。私たちが聖書の言葉を通して見たように、すべてを神様が与えられ、それを食べ飲みしながら荒野で長い時間を生き延びることができたのです。  そして今日の箇所で、神様は彼らにささげものに関する律法を教え、「わたしへのささげ物、わたしへの食物」を捧げなさいとおっしゃっています。その御言葉の通り、イスラエルが神様に捧げるものは、自分たちのためではなく、神様のためもの物なのです。  イスラエルという大きな民族の食糧問題を解決するためには非常に多くの食べ物が必要だったことでしょう。しかし当然のことながら、荒野でそれらを得ることは簡単ではありません。だからこそ神様はマナを降らせ、ウズラを送られ、多くの家畜を飼うことができる草をお与えになったのです。  その中で、イスラエルの民が神様に捧げるのはごくわずかな一部です。彼らが少しだけ捧げようとしたのではなく、神様が彼らからごくわずかな一部だけを求められたのです。  しかし、私たちが聖書を通してわかることは、神様が私たちに望まれているのは一部ではなく私たちのすべてであるということです。神様が私たちのすべてを求められることを不合理だと言うことはできません。すべては神様が与えてくださったものであり、本来神様のものだからです。  神様が私たちに望まれていることは、与えられたものに比べればほんのわずかなことです。1日の中の少しの時間をささげて御言葉を見て祈る時間、1週間の中の主日という1日を礼拝して守ること、毎週の献金や十分の一など、私たちの生活のほんの一部です。  しかしその中で、神様は私たちが限られた時間や所有物を神様に捧げるという行いを通して、限りのない私たちの心と信仰を受け取られたいのです。私たちが神様に捧げられる最大のものは、時間や所有ではなく、限りなく大きくなっていく神様への私たちの心と信仰なのです。 https://youtu.be/RUWuj5XFGvg?si=UUGSgtjYoqEJnXty

민수기 묵상【일부를 통해 전부를】20250524(토) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

민수기 28:1-15 28:1 여호와께서 모세에게 말씀하여 이르시되 28:2 이스라엘 자손에게 명령하여 그들에게 이르라 내 헌물, 내 음식인 화제물 내 향기로운 것은 너희가 그 정한 시기에 삼가 내게 바칠지니라 28:3 또 그들에게 이르라 너희가 여호와께 드릴 화제는 이러하니 일 년 되고 흠 없는 숫양을 매일 두 마리씩 상번제로 드리되 28:4 어린 양 한 마리는 아침에 드리고…

民数記 黙想 【託されたリーダー】 20250523(金) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

民数記 27:12-23 27:12 主はモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエルの子らに与えた地を見よ。 27:13 それを見て、あなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたのと同じように、自分の民に加えられる。 27:14 ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがたがわたしの命令に逆らい、彼らの見ている前で、あの水のところで、わたしが聖であることを現さなかったからである。」これはツィンの荒野のメリバテ・カデシュの水のことである。 27:15 モーセは主に言った。 27:16 「すべての肉なるものの霊をつかさどる神、主よ。一人の人を会衆の上に定め、 27:17 彼が、彼らに先立って出て行き、先立って入り、また彼らを導き出し、導き入れるようにしてください。主の会衆を、羊飼いのいない羊の群れのようにしないでください。」 27:18 主はモーセに言われた。「あなたは、神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを連れて来て、あなたの手を彼の上に置け。 27:19 彼を祭司エルアザルの前に、また全会衆の前に立たせ、彼らの目の前で彼を任命せよ。 27:20 あなたは、自分の権威を彼に分け与え、イスラエルの全会衆を彼に聞き従わせよ。 27:21 彼は祭司エルアザルの前に立ち、エルアザルは主の前で、ウリムによるさばきを自分のために伺わなければならない。ヨシュアと彼とともにいるイスラエルの子らのすべての者、すなわち全会衆は、エルアザルの命令によって出、また、彼の命令によって入らなければならない。」 27:22 モーセは主が命じられたとおりに行った。ヨシュアを連れて来て、彼を祭司エルアザルと全会衆の前に立たせ、 27:23 自分の手を彼の上に置いて、主がモーセを通して告げられたとおりに任命した。    40年間荒野でイスラエルの民を導いてきたモーセは、カナンの地を目前にして人生の終わりに立っています。モーセはほんの一瞬の過ちによって、長らく望んでいたカナンの地に入ることができずに、その生涯を終えることになりました。  非常に理不尽なことです。モーセが過ちを犯したこともありますが、それよりも神様がモーセに託した民の責任のほうがはるかに大きいと言えるでしょう。しかし、神様がモーセを「最も柔和な者」と評価されたように、今日の本文でもモーセのその柔和さが現れています。  モーセはカナンの地を目前にして、自分がそこに入れないという事実よりも、自分が死んだ後もイスラエルが神様の御心に従って歩めるように、そのような指導者が立てられることを神様に願いました。そして、こうしてヨシュアがイスラエルの次の指導者として立てられたのです。  このように新しい指導者が立てられる姿は、完全な新しい出発の姿ではありませんでした。神様はモーセに「彼に委ねて、あなたの尊さを彼に返し、イスラエルの全会衆を彼に従わせよ」とおっしゃいました。人々は新しい指導者ヨシュアに従うのではなく、モーセから指導者の地位を委ねられたヨシュアに従うのです。  この姿は私たちの人生とも深い関わりがあります。それはまさに私たちが次の世代に信仰を継承する姿です。  必ずしも親が優れた信仰を持っているからといって子どもが優れた信仰を持つわけではありませんが、その出発点には確かに違いがあります。私たちが次の世代に与えることができる最も良いもの、信仰を伝えるためには、私たち自身がまず誰かに伝えられて喜ばれるほどの信仰を持っていなければなりません。  モーセは柔和さと卓越したリーダーシップで、これまでイスラエルの民を素晴らしく導いてきました。そしてそのモーセに支えられて、ヨシュアはこれからイスラエルの民を導くモーセの託くされたリーダーとして歩み始めます。そして徐々にモーセに託されたリーダーではなく、ヨシュアという一人のリーダーとして成長していくでしょう。  弟子は師匠を超えることを目標とすべきだという言葉があるように、私たちの信仰を受け継いだ次の世代は、いずれ私たちの信仰を超えて、自分自身の信仰を持ち、一人の優れたクリスチャンとして成長するでしょう。私たちができること、しなければならないことは、その出発点を用意し、遠回りをさせずに私たちの信仰を通してその道を照らしてあげることです。 https://youtu.be/s-E72pSv_VQ?si=MDSIXwKZ7sc0f0LU

민수기 묵상【위탁받은 리더】20250523(금) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

민수기 27:12-23 27:12 여호와께서 모세에게 이르시되 너는 이 아바림 산에 올라가서 내가 이스라엘 자손에게 준 땅을 바라보라 27:13 본 후에는 네 형 아론이 돌아간 것 같이 너도 조상에게로 돌아가리니 27:14 이는 신 광야에서 회중이 분쟁할 때에 너희가 내 명령을 거역하고 그 물 가에서 내 거룩함을 그들의 목전에 나타내지 아니하였음이니라 이 물은 신 광야 가데스의 므리바…