マタイによる福音書 黙想 【神のための人間の律法、人のための神の安息】 20260209(月) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

マタイによる福音書 12:1–21 12:1 そのころ、イエスは安息日に麦畑を通られた。弟子たちは空腹だったので、穂を摘んで食べ始めた。 12:2 するとパリサイ人たちがそれを見て、イエスに言った。「ご覧なさい。あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています。」 12:3 しかし、イエスは言われた。「ダビデと供の者たちが空腹になったときに、ダビデが何をしたか、 12:4 どのようにして、神の家に入り、祭司以外は自分も供の者たちも食べてはならない、臨在のパンを食べたか、読んだことがないのですか。 12:5 また、安息日に宮にいる祭司たちは安息日を汚しても咎を免れる、ということを律法で読んだことがないのですか。 12:6 あなたがたに言いますが、ここに宮よりも大いなるものがあります。 12:7 『わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない』とはどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、咎のない者たちを不義に定めはしなかったでしょう。 12:8 人の子は安息日の主です。」 12:9 イエスはそこを去って、彼らの会堂に入られた。 12:10 すると見よ、片手の萎えた人がいた。そこで彼らはイエスに「安息日に癒やすのは律法にかなっていますか」と質問した。イエスを訴えるためであった。 12:11 イエスは彼らに言われた。「あなたがたのうちのだれかが羊を一匹持っていて、もしその羊が安息日に穴に落ちたら、それをつかんで引き上げてやらないでしょうか。 12:12 人間は羊よりはるかに価値があります。それなら、安息日に良いことをするのは律法にかなっています。」 12:13 それからイエスはその人に「手を伸ばしなさい」と言われた。彼が手を伸ばすと、手は元どおりになり、もう一方の手のように良くなった。 12:14 パリサイ人たちは出て行って、どうやってイエスを殺そうかと相談し始めた。 12:15 イエスはそれを知って、そこを立ち去られた。すると大勢の群衆がついて来たので、彼らをみな癒やされた。 12:16 そして、ご自分のことを人々に知らせないように、彼らを戒められた。 12:17 これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった。 12:18 「見よ。わたしが選んだわたしのしもべ、わたしの心が喜ぶ、わたしの愛する者。わたしは彼の上にわたしの霊を授け、彼は異邦人にさばきを告げる。 12:19 彼は言い争わず、叫ばず、通りでその声を聞く者もない。 12:20 傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともない。さばきを勝利に導くまで。 12:21 異邦人は彼の名に望みをかける。」 イエス様は安息日をめぐる論争を通して、形骸化し惰性に陥った律法を表に引き出し、それが本来何のために存在しているのかという根本的な問いを示される。問題は律法を守っているかどうかではなく、律法が何を目的として与えられたのかという点にある。イエス様はユダヤの伝統の内側に立ちながら、議論の相手が否定できない形で旧約聖書を根拠として示される。ダビデの事例、そして「わたしはいけにえを喜ばず、慈しみを喜ぶ」というホセアの言葉は、聞く者に反論の余地を残さない。 宗教は本来、目的である命を守るための手段として制度を生み出す。しかし、その制度が目的であるはずの命を抑圧してしまうことがある。制度化された宗教の中では、主と客の関係が容易に逆転する。安息のために規則を設けることは可能である。しかし、規則を守ること自体が安息になることはない。世の中で疲弊した命が、自らの本来の場所を取り戻すために、時間と空間の中に身を置くこと、それが安息の本質である。 人は常に緊張の中に置かれている。規則を正しく守っているか、非難されるようなことをしていないかを、絶えず自己点検し続ける。模範的に生きていると見なされる人よりも、むしろ「十分にできていない」と感じている人のほうが、その強迫は強くなる。安息日を守るという行為は、いつの間にか安息ではなく規則となり、自由ではなく義務となっていく。それは混乱を生む。しかし、その混乱こそが、イエス様が意図的に引き起こされるものである。 真に安息している人とは、すべてを完璧に守り抜いた人ではない。安息の本質、すなわち神の憐れみの内に身を置いている人である。神が「いけにえではなく、憐れみを求める」と語られた言葉は、安息の核心を示している。規則や資格の内側で、人は安息することはできない。憐れみの内においてのみ、人は安息することができる。人間がその憐れみを再び規則へと変えてしまったにすぎない。安息日と安息が重なり、主の日と主ご自身が一致するならば、それは本来あるべき姿である。

마태복음 묵상 【하나님을 위한 인간의 율법, 사람을 위한 하나님의 안식】 20260209(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

마태복음 12:1–21 12:1 그 때에 예수께서 안식일에 밀밭사이로 가실쌔 제자들이 시장하여 이삭을 잘라 먹으니 12:2 바리새인들이 보고 예수께 고하되 보시오 당신의 제자들이 안식일에 하지 못할 일을 하나이다 12:3 예수께서 가라사대 다윗이 자기와 그 함께한 자들이 시장할 때에 한 일을 읽지 못하였느냐 12:4 그가 하나님의 전에 들어가서 제사장 외에는 자기나 그 함께한 자들이 먹지 못하는 진설병을…