マタイの福音書 黙想【人を知っている人イエス】20260221(土) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

マタイの福音書 15:29-39 15:29 それから、イエスはそこを去ってガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして山に登り、そこに座っておられた。 15:30 すると大勢の群衆が、足の不自由な人たち、目の見えない人たち、手足の曲がった人たち、口のきけない人たち、そのほか多くの人をみもとに連れて来て、イエスの足もとに置いたので、イエスは彼らを癒やされた。 15:31 群衆は、口のきけない人たちがものを言い、手足の曲がった人たちが治り、足の不自由な人たちが歩き、目の見えない人たちが見えるようになるのを見て驚いた。そしてイスラエルの神をあがめた。 15:32 イエスは弟子たちを呼んで言われた。「かわいそうに、この群衆はすでに三日間わたしとともにいて、食べる物を持っていないのです。空腹のまま帰らせたくはありません。途中で動けなくなるといけないから。」 15:33 弟子たちは言った。「この人里離れたところで、こんなに大勢の人に十分食べさせるほどたくさんのパンを、どこで手に入れることができるでしょう。」 15:34 すると、イエスは彼らに言われた。「パンはいくつありますか。」彼らは言った。「七つです。それに、小さい魚が少しあります。」 15:35 そこで、イエスは群衆に地面に座るように命じられた。 15:36 そして七つのパンと魚を取り、感謝の祈りをささげてからそれを裂き、弟子たちにお与えになったので、弟子たちは群衆に配った。 15:37 人々はみな、食べて満腹した。そして余ったパン切れを集めると、七つのかごがいっぱいになった。 15:38 食べた者は、女と子どもを除いて男四千人であった。 15:39 それから、イエスは群衆を解散させて舟に乗り、マガダン地方に行かれた。    イエス様の公生涯におけるすべての働きには、人に向けられた神様の憐みが表されています。神様の御言葉を教え、宣べ伝えられたのも、人々を癒やされたのも、彼らをその悲惨の中から救い出すためでした。そして、その神様の憐みは、いつも具体的な実践をもって現れました。    今日の箇所に記されているイエス様の御業は、人々を癒やされたこと、そして群衆を食べさせられたことです。これまでのすべての働きと同様に、その中心には「憐み」がありました。しかし、彼らをあわれみ、癒やし、食べさせられたのは、それがイエス様の義務であったからではありません。彼らの苦しみを深く理解し、共に痛み、悩む、彼らと同じ「人」としてこの地に来られたからです。    以前の箇所で、イエス様は「盲人が盲人を導けば、二人とも穴に落ちる」とのたとえをもって弟子たちを教えられました。確かに、目の見えない者が目の見えない者を導けば、共に転んでしまうのは当然です。では、目の見える者が盲人を導けば安全でしょうか。ある程度はそうかもしれません。しかし、目の見える者は盲人の立場を完全には理解できません。その道が目の見えない人にとってどのように感じられるのか、何が妨げになるのかを、すべて知ることはできないからです。そこにも危険は残ります。    しかし、もしその盲人の立場を完全に理解し、なおかつ道も知っている者が導くとするならばどうでしょうか。あらゆる危険から守られながら、目的地に安全に着くことができるでしょう。それが、イエス様と私たちの関係です。完全な人として来られたイエス様は、同時に人を創られたお方でもあります。だからこそ、人のあらゆる弱さや限界を知っておられます。どのような状況に置かれた人であっても、イエス様はその痛みや悩み、すべての感情を完全に共有することができる方なのです。    イエス様は、口のきけない者、目の見えない者、歩くことのできない者、そのような者たちが抱えている苦しみや痛みを、誰よりも深く理解しておられました。そのため、イエス様のあわれみは、助ける側と助けられる側という上下の関係、上から目線のような憐みではありません。共に痛み、共に泣く水平的なあわれみです。イエス様は、空腹の人々と同じ場に立ち、その切実さをご存じであったからこそ、「かわいそうに」と言われ、彼らを満たされたのです。      このような出来事を超えて、今の私たちのあらゆる状況もまた、イエス様は完全に理解してくださっています。単なる「共感」ではありません。さらに深い「同感」する方です。そのすべてを知っておられる主が私たちを導いてくださるので、私たちは疑うことも、恐れることもなく、安心してイエス様に従ってともに歩むことができるのです。 https://youtu.be/Yx_JuC1FWLc?si=gkt2IDyD7i84WyOthttps://youtu.be/ZWktcXSPVCY?si=xmlpXGE8SmqOP7Sd

마태복음 묵상【인간을 아시는 인간 예수】20260221(토) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

마태복음 15:29-39 15:29 예수께서 거기서 떠나사 갈릴리 호숫가에 이르러 산에 올라가 거기 앉으시니 15:30 큰 무리가 다리 저는 사람과 장애인과 맹인과 말 못하는 사람과 기타 여럿을 데리고와서 예수의 발 앞에 앉히매 고쳐 주시니 15:31 말 못하는 사람이 말하고 장애인이 온전하게 되고 다리 저는 사람이 걸으며 맹인이 보는 것을 무리가 보고 놀랍게 여겨 이스라엘의 하나님께 영광을…