10월 잠언묵상 【안식의 조건】 20231009(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

잠언 5:1~235:1 내 아들아 내 지혜에 주의하며 내 명철에 네 귀를 기울여서5:2 근신을 지키며 네 입술로 지식을 지키도록 하라5:3 대저 음녀의 입술은 꿀을 떨어뜨리며 그 입은 기름보다 미끄러우나5:4 나중은 쑥 같이 쓰고 두 날 가진 칼같이 날카로우며5:5 그 발은 사지로 내려가며 그 걸음은 음부로 나아가나니5:6 그는 생명의 평탄한 길을 찾지 못하며 자기 길이 든든치 못하여…

10月箴言黙想【後代に残す物】 20231007 (土) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

箴言 4:1-9 4:1 子たちよ、父の訓戒に聞き従え。耳を傾け、悟りを得よ。 4:2 私が良い教訓をあなたがたに授けるからだ。私の教えを捨ててはならない。 4:3 私が、父にとっては息子であり、母にとっては、かよわいひとり子であったとき、 4:4 父は私を教えて言った。「私のことばがおまえの心を支えるように。私の命令を守って生きよ。 4:5 知恵を得よ。悟りを得よ。忘れてはならない。私の口のことばからそれてはならない。 4:6 知恵を捨てるな。これがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ。 4:7 知恵の初めに、知恵を買え。あなたが得たものすべてに換えて、悟りを買え。 4:8 それを尊べ。それはあなたを高める。それを抱きしめると、それはあなたに誉れを与える。  4:9 それは頭に麗しい花の冠を与え、輝かしい冠をあなたに授ける。」  虎は死んで皮を残し、人は死んで名を残す。という言葉があります。ここにもう一つ、クリスチャンは死んで信仰を残すと加えたいと思います。     キリスト教歴史の中には大勢の殉教者がいます。初代教会の時から近代の時まで、世界の様々な所で信仰を伝えるために、信仰を保つために彼らは喜んで殉教の道を選びました。    ただ遠い所の話ではなく、この日本にも大勢の殉教者の記録が残っています。そして、その中で多くの人々が自分の信仰のためだけではなく、神様を信じる信仰を後代に残すために殉教の道を選びました。    今日の本文の著者ソロモンは、自分の父親ダビデから膨大な財産と名誉を受け継ぎました。そういう彼が今日、親が子に残すべきものは他の物ではなく、知恵である神様に従って生きる信仰だと語っています。     残念ながら彼は彼自身の教えの通りに最後まで生きていくことには失敗しましたが、今の私たちは聖書に書かれているその後の歴史を通して、彼の子孫の中で知恵を選んだ人々と知恵を捨てた人々の克明な差を見ることができます。    ソロモン自分の信仰は、この世のなによりも知恵である神様を選んだ信仰でした。そして、彼のこのような信仰の経験はソロモンの箴言の中にそのまま残られて、後代まで伝われています。     私たちが生きていくこの時代は、殉教とその覚悟を持って信仰を伝えるにはあまりにも平和で、自由な時代です。しかし、だからこそどのような時代よりも信仰の純粋さが保たれていない現在、私たちは後代の信仰者たちにどのような信仰を残して伝えることができるのかを悩み、実践していかなければなりません。     私たちが彼らのために残せる一番良い物は財産も科学技術も、芸術も文化でもない、神様を信じる信仰であるからです。   https://youtu.be/oDfvbwoXagI?si=F2clA5uS9TIfRaDY

10월 잠언 묵상 【후대에 남길 것】 20231007 (토) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

잠언 4:1-9 4:1 아들들아 아비의 훈계를 들으며 명철을 얻기에 주의하라 4:2 내가 선한 도리를 너희에게 전하노니 내 법을 떠나지 말라 4:3 나도 내 아버지에게 아들이었으며 내 어머니 보기에 유약한 외아들이었노라 4:4 아버지가 내게 가르쳐 이르기를 내 말을 네 마음에 두라 내 명령을 지키라 그리하면 살리라 4:5 지혜를 얻으며 명철을 얻으라 내 입의 말을 잊지 말며…

10月箴言黙想【底抜けのおけ】 20231006 (金) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

箴言 3:27-35 3:27 あなたの手に善を行う力があるとき、受けるべき者にそれを控えてはならない。 3:28 あなたに物があるとき、隣人に向かって、「帰って、また来なさい。明日あげよう」と言うな。 3:29 隣人が、あなたのそばで安心して住んでいるとき、その人に悪を企むな。 3:30 あなたに悪い仕打ちをしていないのなら、理由もなく人と争うな。 3:31 暴虐を行う者を羨むな。彼の道をどれ一つ選ぶな。 3:32 主は、曲がった者を忌み嫌い、直ぐな人と親しくされるからだ。 3:33 悪しき者の家には、主ののろいがある。正しい人の住まいは、主が祝福される。 3:34 嘲る者を主は嘲り、へりくだった者には恵みを与えられる。 3:35 知恵のある者は誉を受け継ぎ、愚かな者は恥辱を高く掲げる。  人間の欲望を満たすことは底抜けのおけに水を灌ぐことと同じであるという言葉があります。おけを満たすためにどれほど水を注ぐとしてもそのおけが満たされることはないように、人間の欲脳のためにも、どれほど注ぐとしても、その欲望が満たされることはないということです。    今日の本文のように施す力、悪を企まない力、争わない力、暴虐な者を羨まずに、その道を選ばない力を得るためには、どうすればいいでしょうか。おそらく、この世の人々も、クリスチャンも、この問題について出した答えには似ているところが多いでしょう。しかし、彼らの違いはその答えに至るまでの道で明確に現れます。    この世の人々に、この欲望のおけを満たすためにどうすればいいか聞いてみると、ユーモラスに、しかし真剣に答えるでしょう。底に抜ける量よりも多く注げばいいと、おそらく、一部のクリスチャンも同じ答えを出すかも知れません。実際、私の周りに同じ答えを出した同役者もいました。     クリスチャンの答えは遠くにありません。今日の本文の32-35節に語られているように、人の満たされることない底抜けのおけに満ち溢れるまで恵みと祝福を注いでくださる神様の御言葉に従って生きていくことです。単純に見ると、この答えはこの世の人々の答えと大きく違わないかも知れません。しかし、その差は方法ではなく、それを注ぐものがだれなのか、一時的なものであるか永遠なものであるかにあります。    だとしたら、もし神様が注いでくれないと結局は満たされないのではないかと、疑問が浮かぶこともあるでしょう。しかし、それは決してそうではありません。なぜなら、既に私たちに与えられているイエス・キリストだけでも私たちの底抜けのおけは、抜けてしまった底が埋められるほどに満ち溢れているからです。   https://youtu.be/DqVYQ6ZKU_o?si=wRIppXZXiQCEwigC

10월 잠언 묵상 【밑 빠진 항아리】 20231006 (금) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

잠언 3:27-35 3:27 네 손이 선을 베풀 힘이 있거든 마땅히 받을 자에게 베풀기를 아끼지 말며 3:28 네게 있거든 이웃에게 이르기를 갔다가 다시 오라 내일 주겠노라 하지 말며 3:29 네 이웃이 네 곁에서 평안히 살거든 그를 해하려고 꾀하지 말며 3:30 사람이 네게 악을 행하지 아니하였거든 까닭 없이 더불어 다투지 말며 3:31 포학한 자를 부러워하지 말며 그의…

10月箴言黙想 【知性と霊性】20231005(木) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

箴言 3:11~263:11 わが子よ、主の懲らしめを拒むな。その叱責を嫌うな。3:12 父がいとしい子を叱るように、主は愛する者を叱る。3:13 幸いなことよ、知恵を見出す人、英知をいただく人は。3:14 知恵で得るものは金で得るものにまさり、その収穫は黄金にまさるからだ。3:15 知恵は真珠よりも尊く、あなたが喜ぶどんなものも、それと比べられない。3:16 知恵の右の手には長寿があり、左の手には富と誉れがある。3:17 知恵の道は楽しい道。その通り道はみな平安である。3:18 知恵は、これを握りしめる者にはいのちの木。これをつかんでいる者は幸いである。3:19 主は知恵をもって地の基を定め、英知をもって天を堅く立てられた。3:20 主の知識によって深淵は張り裂け、雲は露を滴らせる。3:21 わが子よ、見失ってはならない。知性と思慮をよく見守れ。3:22 それらは、たましいのいのちとなり、あなたの首に麗しさを添える。3:23 こうして、安心して自分の道を歩み、あなたの足はつまずかない。3:24 横たわるとき、あなたに恐れはない。休むとき、眠りは心地よい。3:25 にわかに起こる恐怖に、悪しき者たちの来襲に、おびえるな。3:26 主があなたの頼みであり、足が罠にかからないように、守ってくださるから。   11節で「懲らしめ」と「叱責」という言葉が出てきます。叱られるという意味で受け止められますが、より広く考えれば、人間が持つ「認識の誤りに対する指摘」でもありますし、または「無知に対する啓蒙」かもしれません。それが必要でない人はいないです。失敗は結果ではなく過程です。計画通りにいかなかったことが失敗ではなく、ただ諦めてしまうこと、知ろうともしないことが失敗です。もちろん失敗という感情を望むことはできませんが、皆が経験上失敗を通した学習効果は大きいということはよく知っています。神様が人を成長させる時は、知っていた知識、人、経験が信頼できないということに気づかれます。その時、失敗感を感じますが、失敗の経験はむしろ人を一段階引き上げます。それで14節でもう一度言います。「知恵で得るものは金で得るものにまさり、その収穫は黄金にまさるからだ。3:14」お金では知恵を買うことはできませんが、知恵が経済の中で働くと富になります。   19節以下を見ると、神様が知恵と知識をもって地と空を創り、海と大気、気象を造られたことを言います。「主は知恵をもって地の基を定め、英知をもって天を堅く立てられた。主の知識によって深淵は張り裂け、雲は露を滴らせる。3:19、20」これを証明することは啓蒙主義以後なひたすら自然科学が独占してきました。しかし、自然科学の限界は神様を立証できないということです。自然科学が神様を証明できないのは、それが神様を測定したり、究明できる基準ではないから、神様がお創りになった創造世界の構造の一部だからです。人がへそを証明することはできますが、へそが人を証明することはできません。科学は現象を観察しますが、現象の原初的な原因については、どの科学者も知りません。科学が創造主を否定するなら、科学は真理を探求する学問とは言えません。もちろん科学の枠内では宗教の枠内にある神を認めることはできませんが、まことに現象を探求した科学者なら創造主なる神様を認めなければならないことです。   アイザック·ニュートン (Isaac Newton)は、光学的技術なしでは目が存在するはずがなく、音に対する知識なしでは耳が造られることはできないと考えました。自然の世界には見えなくても、知性的存在が必ず存在すると思っていました。ニュートンが偉大な自然法則を発見できたのはへブル人への手紙にある昨日も今日も同じである神様、「イエス·キリストは昨日も今日も永遠に同じである13:8」という聖書的な確信があったからこそできることでした。ニュートンの霊的知恵が物理の世界を究明したのです。科学があらゆる法則を発見するのは、神様が昨日も今日も同じだからです。科学は自然と宇宙秩序を通じて神様を認めなければならず、聖徒は神様の創造の秩序である科学を探求し、知らなければなりません。知性と霊性は伴わなければなりません。「わが子よ、見失ってはならない。知性と思慮をよく見守れ。3:21」

10월 잠언묵상 【지성과 영성】20231005(목) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

잠언 3:11~263:11 내 아들아 여호와의 징계를 경히 여기지 말라 그 꾸지람을 싫어 하지 말라3:12 대저 여호와께서 그 사랑하시는 자를 징계하시기를 마치 아비가 그 기뻐하는 아들을 징계함 같이 하시느니라3:13 지혜를 얻은 자와 명철을 얻은 자는 복이 있나니3:14 이는 지혜를 얻는 것이 은을 얻는 것보다 낫고 그 이익이 정금보다 나음이니라3:15 지혜는 진주보다 귀하니 너의 사모하는 모든 것으로…

10月箴言黙想 【知恵に導かれる人】 20231004(水) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

箴言 3:1~103:1 わが子よ、私の教えを忘れるな。心に私の命令を保つようにせよ。3:2 長い日々と、いのちと平安の年月が、あなたに増し加えられるからだ。3:3 恵みとまことがあなたを捨てないようにせよ。それをあなたの首に結び、心の板に書き記せ。3:4 神と人の前に好意を得、聡明であれ。3:5 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。3:6 あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる。3:7 自分を知恵のある者と考えるな。主を恐れ、悪から遠ざかれ。3:8 それは、あなたのからだに癒やしとなり、あなたの骨に潤いとなる。3:9 あなたの財産で主をあがめよ。あなたのすべての収穫の初物で。3:10 そうすれば、あなたの倉は豊かさで満たされ、あなたの石がめは新しいぶどう酒であふれる。   『ウェストミンスター大教理問答』の3番目の質問は、「神のみ言葉とは、何であるか」と質問し、それに対する答えは 「旧・新約聖書が、神のみ言葉、信仰と服従のただ一つの規準である」と告白します。唯一でない価値は集中力を持つことができません。創造主なる神は唯一で、神によって被造された人間は多様です。したがって、人間と社会の多様性というのは、私たちが認めなければならない確かな価値です。同時に、それを創造した神は唯一であることを認めなければなりません。人々はこれをひっくり返して考えます。自分は絶対化しますが、神が唯一であるということを独善的な宗教と言い、否定します。しかし唯一は、独善ではなく絶対を表わす本質であり、多様というのは絶対によって創造された現象です。絶対な神の御言葉の中で多様な人と社会を観察する時、世界を理解できる集中力を持つことができます。   神様の御言葉を自分の唯一かつ絶対の価値にして生きる人は、自分を神様の御言葉に服従させます。それはより良い結果のための自然なことです。そのような人は神様の御言葉と自分の思いが葛藤しません。妥協したり、折衝したりしません。断りもしません。「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる。3:5,6」 宗教的意味ではなく、人格的意味で神様の御言葉を信頼し、従う人は神様の計画が自分の人生で実現されることを経験するでしょう。それに挑戦し、その経験を蓄積していない人の信仰とは、常に抽象的で不安なものです。   信じさえすればできるという言葉をよく言いますが、信じればできるということは、死ぬばできるという意味です。私の考えを捨てて神様の御言葉に丁重に、礼儀正しく反応すれば、神様はそれを受け取り、私に尊重の贈り物をくださいます。「神と人の前に好意を得、聡明であれ。3:4」 すべからく人格の関係とはそんなものです。人間の知恵と誠実さは神様の目に悪になったりもします。人間は自己中心の存在であるため、完全な善をわきまえることができません。 「自分を知恵のある者と考えるな。主を恐れ、悪から遠ざかれ。それは、あなたのからだに癒やしとなり、あなたの骨に潤いとなる。3:7,8」   聖徒はどんな方法であれ、最も大切なものを区別して神様にささげなければなりません。人はお金を最も大切にするので、お金を超えなければ神様に進むことはありません。口がうまい人は、心が大事だと言いますが、そんな人も心の行くところに大切なお金を使います。「あなたの財産で主をあがめよ。あなたのすべての収穫の初物で。そうすれば、あなたの倉は豊かさで満たされ、あなたの石がめは新しいぶどう酒であふれる。3:9、10」 自分を自ら祝福しようとしてはいけません。信仰というのは自分が神様にささげることであって、祝福というのは神様が私にしてくださることです。恵みを祈るということは、神様に受ける祝福を促すのではなく、神様に信仰ををささげなさいというという促しです。

10월 잠언묵상 【지혜에 이끌리는 사람】 20231004(수) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

잠언 3:1~103:1 내 아들아 나의 법을 잊어버리지 말고 네 마음으로 나의 명령을 지키라3:2 그리하면 그것이 너로 장수하여 많은 해를 누리게 하며 평강을 더하게 하리라3:3 인자와 진리로 네게서 떠나지 않게 하고 그것을 네 목에 매며 네 마음판에 새기라3:4 그리하면 네가 하나님과 사람 앞에서 은총과 귀중히 여김을 받으리라3:5 너는 마음을 다하여 여호와를 의뢰하고 네 명철을 의지하지 말라3:6…

10月箴言黙想 【失われた知恵】 20231003(火) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師

箴言 2:1~222:1 わが子よ。もしあなたが私のことばを受け入れ、私の命令をあなたのうちに蓄え、2:2 あなたの耳を知恵に傾け、心を英知に向けるなら、2:3 もしあなたが悟りに呼びかけ、英知に向かって声をあげ、2:4 銀のように、これを探し、隠された宝のように探り出すなら、2:5 そのとき、あなたは主を恐れることをわきまえ知り、神を知ることを見出すようになる。2:6 主が知恵を与え、御口から知識と英知が出るからだ。2:7 主は正直な人のために、すぐれた知性を蓄え、誠実に歩む人たちの盾となり、2:8 公正の道筋を保ち、主にある敬虔な人たちの道を守られる。2:9 そのとき、あなたは義とさばきと公正を、またすべての良い道筋をわきまえ知る。2:10 知恵があなたの心に入り、知識がたましいに喜びとなるからだ。2:11 思慮はあなたを守り、英知はあなたを保つ。2:12 それらはあなたを悪の道から、ねじれごとを語る者たちから救い出す。2:13 その者たちはまっすぐな進路を捨てて闇の道に歩み、2:14 悪を行うことを楽しみとし、悪しきねじれごとを喜んでいる。2:15 その進む道は曲がり、彼らは道筋を誤る。2:16 また思慮と英知は、あなたをよその女から、ことばの滑らかな見知らぬ女から救い出す。2:17 この女は若いころの連れ合いを捨てて、自分の神との契約を忘れている。2:18 彼女の家は死へと、その道筋は死者の霊の国へと下る。2:19 この女のもとへ行く者はだれも帰って来ない。いのちの道に至ることはない。2:20 こうして、あなたは善良な人たちの道に歩み、正しい人たちの進む道を守る。2:21 正直な人たちは地に住まいを得、全き人たちは地に生き残る。2:22 しかし、悪しき者たちは地から断たれ、裏切り者たちは地から引き抜かれる。   箴言2章は、5節が分岐点のようです。「そのとき、あなたは主を恐れることをわきまえ知り、神を知ることを見出すようになる。2:5」 5節は神様を恐れること、神様を知ることという結果を言います。そして、それをもたらす原因が1節~4節です。「神様の御言葉を聞き、それを心に刻み、知恵に耳を傾け、それを積極的に追い求め、知識を求めること」です。それを「まるで銀のように、これを探し、隠された宝のように探り出すなら」と言いました。経済に対する関心だけ、神様の御言葉にあるならば、神様を知り、神様を恐れることができるということです。   分岐点となる5節以下は、神様を知り、神様を恐れる人、すなわち神様の御言葉が自分の基準になった人が受けるべき祝福について言います。「危険から守られ、差別から公平を回復し、信仰のゆえの挑戦が安全に守られます。大切な情報を選別でき、その情報を処理することができ、洞察する知恵が与えられ、賢くなります。なお、自分を客観化し、自分を省察することができるから謹慎します。性的誘惑に陥らないように自分を守るり、善良に生きようと務め、義に生きようと努力するようになります。 」   ノーベル文学賞を受賞したバートランド·ラッセルは労働を幸福の不可欠なものと見なしましたが、労働に従属してはならない人間の権利についてはより強調しました。労働を神聖視したのは、奴隷の道徳であり、現代人は奴隷ではないということです。彼によると産業社会以降、技術の進歩はすでに人間が十分な余暇を持てるようになったと言います。それで良心的に労働を再配列すると、人類は一日4時間以上働く必要はないと主張するのです。 ラッセルが70年代に亡くなったので、その後、さらに発展した産業と、最近の人工知能が代替する労働まで勘案すれば、人間が労働しなければならない時間はさらに減らさなければならないでしょう。   それにもかかわらず、現代社会に長い労働時間と分配の失敗、失業などが繰り返されているのは、人々の欲と競争心、既得権の執着のためです。創造的な仕事をするのではなく、席を守らなければならないからです。長い間仕事をしますが、職業現場の労働時間、もしくは学生たちの長い学習時間が必ずしも成果と比例するとは限りません。問題は集中力を通して核心を見出すことができるかという知恵です。神様に集中する訓練をする人は、他のすべてのことにも集中でき、その仕事で成果を出すことができるでしょう。聖徒はその知恵を得るための実践をしなければなりません。   ラッセルは4時間の集中的な労働で生計を確保してからは残りの時間は自分(人間)のために使わなければならないと言います。ここで余暇時間とは、テレビ、スマートフォン、スポーツ、映画などを楽しむことを意味するものではありません。それよりも上位にある人間本来の何らかの幸せがあるということです。私はそれを読んでときめきがありました。私たちはそれを失われたまま生きているからです。お金の心配ばかり、仕事ばかりしていて、仕事が終わったらスマートフォンと一緒に倒れて寝ます。霊的な交わりの経験さえありません。この非人間的な世の中で、人間らしく、そして聖徒らしく生きることは、諦められないです。追い求めるべき使命ではないでしょうか?世は厳しいですが、知恵はないです。世の中で知恵ある聖徒はそれを見つけなければならないと思います。