느헤미야 묵상 【머리털 뽑히기 전에】 20240930(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

느헤미야 13:23~3113:23 그 때에 내가 또 본즉 유다 사람이 아스돗과 암몬과 모압 여인을 취하여 아내를 삼았는데13:24 그 자녀가 아스돗 방언을 절반쯤은 하여도 유다 방언은 못하니 그 하는 말이 각 족속의 방언이므로13:25 내가 책망하고 저주하며 두어 사람을 때리고 그 머리털을 뽑고 이르되 너희는 너희 딸들로 저희 아들들에게 주지 말고 너희 아들들이나 너희를 위하여 저희 딸을 데려오지…

ネヘミヤ 黙想 【毛が引き抜かれる前に】 20240926(木) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

ネヘミヤ 13:23~3113:23 そのころまた私は、アシュドデ人、アンモン人、モアブ人の女を妻にしているユダヤ人たちに気がついた。13:24 彼らの子どもの半分は、アシュドデのことばか、あるいはそれぞれほかのことばを話して、ユダヤのことばが分からなかった。13:25 そこで私は彼らを詰問してののしり、そのうちの数人を打って毛を引き抜き、神にかけて誓わせて言った。「あなたがたの娘を彼らの息子に嫁がせてはならない。また、彼らの娘をあなたがたの息子、あるいはあなたがた自身の妻としてはならない。13:26 イスラエルの王ソロモンも、このことで罪を犯したではないか。多くの国の中で彼のような王はいなかった。彼は神に愛され、神は彼をイスラエル全土を治める王としたのに、その彼にさえ異国人の女たちが罪を犯させてしまった。13:27 あなたがたについても、異国人の女を妻とし、私たちの神の信頼を裏切るという、この大きな悪が行われていることを聞かなければならないのか。」13:28 大祭司エルヤシブの子エホヤダの子の一人は、ホロン人サンバラテの婿であった。それで、私は彼を私のところから追い出した。13:29 私の神よ、どうか彼らのことを覚えていてください。彼らは祭司職を汚し、祭司職とレビ人たちの契約を汚したのです。13:30 私は異教的なもの一切から彼らをきよめ、祭司とレビ人のそれぞれの務めにしたがって職務に就かせ、13:31 定められた時に行う薪のささげ物と、初物についても規定を定めた。私の神よ、どうか私を覚えて、いつくしんでください。 ■イスラエルの民が異邦人と結婚し、その子どもたちがヘブライ語を話せないことに怒りを感じたネヘミヤは、アイデンティティを守るために懲罰を始めました。異邦人との結婚を禁じ、再び同じ問題が起こらないようにしました。エズラにも同様の出来事がありますが、エズラはすでに子どものいる家族をも離婚させ、異邦人の妻を追放しました。ネヘミヤとエズラは同時代の人物ですが、同じ事件ではありません。 ■両者を比較すると、エズラは祭司であり学者として妥協せず、断固として厳格な態度を取りましたが、彼の方法は過激ではありませんでした。一方、総督であるネヘミヤは、制度的かつ行政的な措置を取っただけでなく、激怒し、人々を殴り、髪の毛を引き抜くといった暴力的な手段も用いました。ネヘミヤの城壁再建プロジェクトにおけるリーダーシップは卓越しており、彼の強力なリーダーシップには目標達成のための集中力があったものの、時に強圧的になりかねないという二面性も見られました。 ■しかし、改革者というものは本来、涙を飲み、批判を耐えなければならない存在です。改革を行うためには、普段よりも強い力が必要で、時には過剰に見える行動が求められることもあります。運動していない物体は、外力を受けない限りその状態を維持しようとし、動いている物体はそのまま動き続けようとする、これはニュートンの第一法則、いわゆる慣性の法則です。社会や制度、人々の心も同様で、その慣性を変えるためには強力な外的衝撃が必要です。改革とは、慣性を変える力なのです。 ■私たちは宗教社会ではなく、憲法で信教の自由が保証されている現代に生きているため、エズラやネヘミヤの事例を文字通りに適用することはできません。しかし、その時代に彼らが苦心して改革を推進した精神を見つけ出し、それを現代にどう適用するかを考える必要があります。パウロも非キリスト教徒との結婚を一概に否定せず、信仰を通じてその配偶者が救われる可能性についても言及しています。 ■結婚は人生において非常に重要な選択です。人生において信仰が最も重要な価値だと考える人は、当然ながら信仰を共有できるパートナーを求めるでしょう。最も大切なのは自分自身の意志です。誰と結婚するかの問題は、根本的には自分がどんな人間であるかという問題に直結します。結婚相手を選ぶとき、自分がまず神様の前で自分が誰なのか、どんな信仰を持つ人間なのかを確認しなければなりません。そうすれば、誰と結婚すべきかが自然と見えてくるでしょう。

ネヘミヤ記 黙想 【差別と区別】 20240928(土) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

ネヘミヤ記 13:1-9 13:1 その日、民が聞いているところでモーセの書が朗読され、その中に、アンモン人とモアブ人は決して神の集会に加わってはならない、と書かれているのが見つかった。 13:2 それは、かつて彼らが、パンと水をもってイスラエル人を迎えることをせず、かえってバラムを雇ってイスラエル人を呪わせようとしたからであった。私たちの神はその呪いを祝福に変えられた。 13:3 民はこの律法を聞くとすぐに、混血の者をみなイスラエルから切り離した。 13:4 これより以前、祭司エルヤシブは、私たちの神の宮の部屋を任されていて、トビヤと親しい関係にあったので、 13:5 トビヤのために一つの大きな部屋をあてがっていた。以前その部屋は、穀物のささげ物、乳香、器、またレビ人や歌い手や門衛たちのために定められていた、穀物と新しいぶどう酒と油の十分の一、さらに祭司のための奉納物を保管するところであった。 13:6 この間ずっと、私はエルサレムにいなかった。私が、バビロンの王アルタクセルクセスの三十二年に王のところに行き、その後しばらくして王にいとまを乞い、 13:7 エルサレムに帰って来たからである。そのとき私は、エルヤシブがトビヤのために行った悪、すなわち、神の宮の庭にある一つの部屋を彼にあてがったことに気づいた。 13:8 私は大いに気分を害し、トビヤ家の家財をすべてその部屋から外へ放り出し、 13:9 命じて、その部屋をきよめさせた。そして私は、神の宮の器を、穀物のささげ物や乳香と一緒に再びそこに納めた。     礼拝共同体が形成されたイスラエル民は、神様の御言葉を聞き、その通りに行うことに力を注ぎました。そしてその中には、もしかしたら私たちの心を不快にさせるかも知れない姿が記録されています。それは今まで一緒に過ごしていた者たちを容赦なく切り離す様子です。  以前の黙想で、イスラエルは捕虜期を終え、彼らの選民思想を捨てることになったという内容を扱ったことがありますが、今日のイスラエル民の様子は、まるでその選民思想が再びできたしまったように見えるかもしれません。  今日の箇所でイスラエルの民が聞いただモーゼの書は、私たちがよく知っているモーゼ五書、創世記から申命記までの律法書です。彼らはそこからアンモンの人とモアブの人についての御言葉、特に民数記に出てくるするモアブの人たちと、彼らがバラムを通してイスラエル民に罪を犯させたことを発見しました。そして、御言葉に従って、自分たちの中でアンモン人とモアブ人、混血たちを切り離しました。  しかし、彼らが律法書から見た通り、アンモン人とモアブ人の中には神の集会、礼拝共同体に加えられた人がなかったのでしょうか。そうではありませんでした。申命記までの律法書を通り過ぎ、士師の時代に登場する人物、ルツはモアブの人でした。しかし、ルツは明らかにイスラエル共同体に加わって、イエス様の家系図にその名が残されるまでになりました。  このことから、イスラエルの民が自分たちか切り離したアンモン人とモアブ人、混血の人とは、民族や血統だけを意味するのではなく、彼らのアイデンティティ、彼らの信仰を意味するとも考えられるでしょう。そして、それは、イスラエルの民のアイデンティティと信仰が神様によって回復されたように、彼らもなお、いつでも神様によってアンモン人、モアブ人という存在からイスラエルの礼拝共同体の一員になれるということだとも言えるでしょう。そう考えると、今日イスラエルの民が行ったことは、世俗的な差別ではなく、信仰による区別だと言えると思います。  真理の御言葉と争う現代の数多くの問題、そしてその人々に向かって、教会が行うべきことは世俗的な差別ではなく、信仰による区別です。彼らを排除するのではなく、再び神様に立ち返られるように、イエス·キリストの十字架によって罪を赦され、神様に向かう心を回復し、再び一つの礼拝共同体を成し遂げられていくように助け、祈り、備えることが、この時代を生きていく教会の使命であるでしょう。https://youtu.be/1_tnPcDoOzc?si=sGEhrNHryqYwjilQ

느헤미야 묵상 【차별과 구별】 20240928(토) 최종석 전도사

느헤미야 13:1-9 13:1 그 날 모세의 책을 낭독하여 백성에게 들렸는데 그 책에 기록하기를 암몬 사람과 모압 사람은 영원히 하나님의 총회에 들어오지 못하리니 13:2 이는 그들이 양식과 물로 이스라엘 자손을 영접하지 아니하고 도리어 발람에게 뇌물을 주어 저주하게 하였음이라 그러나 우리 하나님이 그 저주를 돌이켜 복이 되게 하셨다 하였는지라 13:3 백성이 이 율법을 듣고 곧 섞인 무리를…

ネヘミヤ記 黙想 【ダビデの名】 20240927(金) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

ネヘミヤ記 12:31-47 12:31 私はユダの長たちを城壁に上らせ、感謝の歌をささげる二つの大きな賛美隊として配置した。一組は城壁の上を右の方に、糞の門に向かって進んだ。 12:32 彼らのうしろに続いて進んだ者は、ホシャヤとユダの長たちの半分、 12:33 アザルヤ、エズラ、メシュラム、 12:34 ユダ、ベニヤミン、シェマヤ、エレミヤであった。 12:35 祭司のうちのある者もラッパを持って進んだ。まず、ヨナタンの子ゼカリヤ。ヨナタンはシェマヤの子、シェマヤはマタンヤの子、マタンヤはミカヤの子、ミカヤはザクルの子、ザクルはアサフの子である。 12:36 次に、ゼカリヤの兄弟たちシェマヤ、アザルエル、ミラライ、ギラライ、マアイ、ネタンエル、ユダ、ハナニで、神の人ダビデの楽器を持って続いた。学者エズラが彼らの先頭に立った。 12:37 彼らは泉の門のところで、城壁の上り口にあるダビデの町の階段をまっすぐに上り、ダビデの家の上を通って東の方の水の門に来た。 12:38 感謝の歌をささげるもう一組の賛美隊は、左の方に進んだ。私はそのうしろに従った。民の半分は城壁の上を進み、炉のやぐらの上を通って、幅広の城壁のところに進み、 12:39 エフライムの門の上を通り、エシャナの門を過ぎ、魚の門と、ハナンエルのやぐらと、ハ・メアのやぐらを過ぎて、羊の門まで進んだ。そして監視の門で立ち止まった。 12:40 こうして、感謝の歌をささげる二つの賛美隊は神の宮で位置についた。私も、私とともにいた代表者たちの半分もそうした。 12:41 また祭司たち、エルヤキム、マアセヤ、ミンヤミン、ミカヤ、エルヨエナイ、ゼカリヤ、ハナンヤもラッパを持って、そこにいた。 12:42 また、マアセヤ、シェマヤ、エルアザル、ウジ、ヨハナン、マルキヤ、エラム、エゼルもいた。こうして、歌い手たちは歌い、イズラフヤが指揮をした。 12:43 彼らはその日、数多くのいけにえを献げて喜んだ。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子どもも喜んだので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた。 12:44 その日、財宝や、奉納物、初物や十分の一を納める部屋を管理する人たちが任命され、祭司とレビ人のために律法で定められた分を、町々の農地からそこに集めた。これは、職務に就いている祭司とレビ人をユダの人々が喜んだからである。 12:45 彼らは、自分たちの神への任務ときよめの任務を果たした。歌い手や門衛たちも同様であった。ダビデとその子ソロモンの命令のとおりである。 12:46 昔から、ダビデとアサフの時代から、歌い手たちのかしらたちがいて、神への賛美と感謝の歌がささげられた。 12:47 ゼルバベルの時代とネヘミヤの時代、全イスラエルは、歌い手と門衛のために定められた分を日ごとに渡していた。彼らはまたレビ人の分を聖別し、レビ人はアロンの子らの分を聖別していた。   聖書は、一人の人間の名が上げられることを警戒しています。神様の御前に全ての人間は同じく罪人であり、この聖書の中で掲げられるべき名は、イエス·キリストの御名だけであるためです。しかし、それでもイスラエルにおいて、そして聖書において「ダビデ」という名前は、彼自体でも重要な存在であり、私たちが聖書を読み、理解していくことにおいても非常に重要なキーワードになります。  新約聖書でダビデの名は彼の子孫として来られたイエス様を指し、指導者、王、預言の成就などを意味すると同時に、イエス様が完全な人としてこの地に来られたことを示すためによく使われています。  しかし、旧約聖書においてダビデの名はイエス様の予表を越え、その名前自体で誠実さと義を表す時に使われます。その代表的な例が、分裂王国の王様たちが登場する列王記書です。 『列王紀書』では、多くの王の生涯を誰の道に従ったのかで説明し、その結果、南ユダの良い王たちだけに“ダビデの道に従った”と説明し、彼らの義を説明するための代名詞のようにダビデという名前が使われています。そして今日、イスラエルの城壁再建の後、初めてダビデの名前が登場しています。  今日イスラエルの民が神様の御前に行ったことは、神様の目にダビデのような姿でした。彼らの賛美はダビデの賛美のようでした。彼らはダビデの道に従いならが、信仰によって生きる人生を学び、実践していくでしょう。  私たちの信仰の旅路もやはり、誰かが先に歩んで行った道に従って行く日々になるでしょう。しかし、私たちのその道はダビデの道で終わりません。その後に来られた真の義なるお方、イエス·キリストの道に従ってき、私たちの人生を説明する一言がイエス·キリストの道に従った者だと記録されるように、その方に倣っていく人生を生きていかなければならないでしょう。https://youtu.be/u63Xj-Jdakk?si=UdG9UqYvvR0OAv3-

느헤미야 묵상 【다윗의 이름】 20240927(금) 최종석 전도사

느헤미야 12:31-47 12:31 이에 내가 유다의 방백들을 성벽 위에 오르게 하고 또 감사 찬송하는 자의 큰 무리를 둘로 나누어 성벽 위로 대오를 지어 가게 하였는데 한 무리는 오른쪽으로 분문을 향하여 가게 하니 12:32 그들의 뒤를 따르는 자는 호세야와 유다 지도자의 절반이요 12:33 또 아사랴와 에스라와 므술람과 12:34 유다와 베냐민과 스마야와 예레미야이며 12:35 또 제사장들의 자손…

ネヘミヤ 黙想 【栄光の旋律、献身の波】 20240926(木) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

ネヘミヤ 12:22~3012:22 エルヤシブ、エホヤダ、ヨハナン、ヤドアの時代にレビ人は一族のかしらとして登録され、また、祭司はペルシア人ダレイオスの治世に登録された。12:23 レビの子孫で一族のかしらたちは、エルヤシブの子ヨハナンの時代まで、年代記に記されていた。12:24 レビ人のかしらたちは、ハシャブヤ、シェレベヤ、およびカデミエルの子ヨシュアであり、その兄弟たちが彼らの向かい側に立って、組と組が相応じて、神の人ダビデの命令に基づき、賛美をして感謝をささげた。12:25 マタンヤ、バクブクヤ、オバデヤ、メシュラム、タルモン、アクブは門衛で、門の倉を見張っていた。12:26 以上はエホツァダクの子ヨシュアの子エホヤキムの時代と、総督ネヘミヤ、および学者である祭司エズラの時代の人々である。12:27 エルサレムの城壁の奉献式に際して、彼らはあらゆる場所からレビ人を捜し出してエルサレムに連れて来た。シンバルと琴と竪琴に合わせて感謝の歌を歌い、喜びをもって奉献式を行うためであった。12:28 歌い手たちは、エルサレムの周辺の低地やネトファ人の村々から、12:29 またベテ・ギルガルやゲバとアズマウェテの農地から集まって来た。この歌い手たちは、エルサレムの周辺に自分たちの村々を建てていたのである。12:30 祭司とレビ人は自分たちの身をきよめ、また民と門と城壁をきよめた。 ■現象には原因があります。人が音楽を聞くときに感情が高まり、芸術的な感動を覚えるのは、神様の形に音楽が含まれているからです。したがって、賛美をするとき、私たちはさらに神様に集中し、賛美を聞くときに感情に影響を受けて心が開かれる経験をします。 ■先週、アイビックバンドが枝川愛の教会でコンサートを開いてくださいました。音楽を通して、私たちは神様の前で感情をより多く、そしてより深く使うことができました。それは、猛暑で疲れた心を潤す秋の雨のようなものでした。 ■今朝の本文は、エルサレムの城壁奉献式を準備する過程で、歌う人々が集まる話です。エルサレムの城壁奉献式において、レビ人たちが歌い、シンバルを鳴らし、琴や竪琴を奏でて喜びに満ちた奉献式を準備していると、エルサレムの周囲から歌う人々が集まってきました。鉄が磁石に引き寄せられるように、礼拝が行われる場所、神様のご臨在と栄光がある場所に歌う人々が集まります。 ■彼らはついにはエルサレムに共同体を形成し、集団で住み始めました。彼らが持つ賜物の究極の目的は、神の栄光のために歌うことです。このようにして、礼拝音楽はさらに発展していくでしょう。イスラエルを救った神様の栄光は賛美の旋律となり、歌う人々は献身の波となって奉献式が行われます。

느헤미야 묵상 【영광의 선율, 헌신의 물결】 20240926(목) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

느헤미야 12:22~3012:22 엘리아십과 요야다와 요하난과 얏두아 때에 레위 사람의 족장이 모두 책에 기록되었고 바사 왕 다리오때에 제사장도 책에 기록되었고12:23 레위 자손의 족장들은 엘리아십의 아들 요하난 때까지 역대지략에 기록되었으며12:24 레위 사람의 어른은 하사뱌와 세레뱌와 갓미엘의 아들 예수아라 저희가 그 형제의 맞은편에 있어 하나님의 사람 다윗의 명한대로 반차를 따라 주를 찬양하며 감사하고12:25 맛다냐와 박부갸와 오바댜와 므술람과 달몬과…

ネヘミヤ 黙想 【回復と革新】 20240925(水) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

ネヘミヤ 12:1~2112:1 シェアルティエルの子ゼルバベルおよびヨシュアと一緒に上って来た、祭司とレビ人は次のとおりである。セラヤ、エレミヤ、エズラ、12:2 アマルヤ、マルク、ハトシュ、12:3 シェカンヤ、レフム、メレモテ、12:4 イド、ギネトイ、アビヤ、12:5 ミヤミン、マアデヤ、ビルガ、12:6 シェマヤ、エホヤリブ、エダヤ、12:7 サル、アモク、ヒルキヤ、エダヤ。以上はヨシュアの時代に、祭司とその同族のかしらであった者たちである。12:8 また、レビ人では、ヨシュア、ビヌイ、カデミエル、シェレベヤ、ユダ、マタンヤで、感謝の歌を受け持っていたのはマタンヤとその兄弟たちであった。12:9 また、彼らの兄弟のバクブクヤとウンニは、務めのときには彼らの向かい側に立った。12:10 ヨシュアはエホヤキムを生み、エホヤキムはエルヤシブを生み、エルヤシブはエホヤダを生み、12:11 エホヤダはヨナタンを生み、ヨナタンはヤドアを生んだ。12:12 次に、エホヤキムの時代に、祭司で一族のかしらであった者は次のとおりである。セラヤ族ではメラヤ、エレミヤ族ではハナンヤ、12:13 エズラ族ではメシュラム、アマルヤ族ではヨハナン、12:14 メリク族ではヨナタン、シェバンヤ族ではヨセフ、12:15 ハリム族ではアデナ、メラヨテ族ではヘルカイ、12:16 イド族ではゼカリヤ、ギネトン族ではメシュラム、12:17 アビヤ族ではジクリ、ミンヤミン族、モアデヤ族ではピルタイ、12:18 ビルガ族ではシャムア、シェマヤ族ではヨナタン、12:19 エホヤリブ族ではマテナイ、エダヤ族ではウジ、12:20 サライ族ではカライ、アモク族ではエベル、12:21 ヒルキヤ族ではハシャブ、エダヤ族ではネタンエル。 ■ネヘミヤは、神殿を再建するために故郷に戻ってきた第1世代のゼルバベル世代の祭司やレビ人たちを記憶し、その名前を記録しました。ネヘミヤの世代は、100年前の解放と再建の感動の後、情熱が冷めてしまった世代で、ネヘミヤの時代は改革が必要でした。ゼルバベル時代の精神を受け継ぎつつも、同時に未来への道を切り開いていかなければなりません。人間の行うすべての行為は変質するため、どこかで立ち止まり改革しなければならないのです。改革は「回復」と「革新」に分けられます。回復とは本質に立ち返ることです。正直な自己分析と自己否定は苦しい作業ですが、それなくしては本質を回復することはできません。どこから出発したのかを思い出し、方向を再設定しなければなりません。 ■現実を認識した上で過去の本質を回復した後には、未来に向けた革新が必要です。新たな挑戦に対応できなくなったときには、新しい方法を見つけ出すことが革新です。本質が回復されたなら、形式や伝統、慣習は相対化され、修正され、さらには捨て去ることもできるのです。過去の本質を回復しながら未来に向けた革新を同時に行えば、その社会は再び生命力を取り戻すことができます。本質と変化をバランスよく保つことが鍵です。 ■昨年召天されたティム・ケラー牧師は、アメリカの大都市を「燃え残った薪」に例えたことがあります。アメリカ社会はキリスト教の土台の上に始まりましたが、多くのアメリカ人が教会を離れ、脱キリスト教化が進んでいる現状を指摘したのです。乾いた薪にはすぐに火がつきますが、燃え残った薪には火をつけるのが難しいということです。ティム・ケラー牧師と彼が牧会したリディーマー教会は、そのようなニューヨーク・マンハッタンで、宗教の枠を超えて都市のさまざまな人々に近づき、彼らの変わった考え方やライフスタイルを理解し、その上で知的で文化的なアプローチを通じて福音を伝えました。 ■変わりゆくものを理解しつつ都市に近づきましたが、その中には変えることのできないものがありました。それがイエス・キリストの福音です。変わるものや変えられるものもありますが、変えられないものもあります。それが変わらない福音、イエス・キリストの福音です。教会は福音を回復し、時代の変化の中で革新しなければなりません。100年前の献身があったからこそ今があるということを思い出し、今を再び革新することによって、持続可能な宣教が可能となるでしょう。リディーマー教会がニューヨークのネヘミヤのように回復と革新を行ったのであれば、エダガワ愛の教会も急速に変わりゆく東京の新しい都市で、ネヘミヤの使命を果たさなければなりません。それは避けて通ることのできない時間と空間、すなわち地域と時代を通しての神様の召しです。

느헤미야 묵상 【회복과 혁신】 20240925(수) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

느헤미야 12:1~2112:01 스알디엘의 아들 스룹바벨과 및 예수아를 좇아 돌아온 제사장과 레위 사람은 이러하니라 제사장은 스라야와 예레미야와 에스라와12:2 아마랴와 말룩과 핫두스와12:3 스가냐와 르훔과 므레못과12:4 잇도와 긴느도이와 아비야와12:5 미야민과 마아댜와 빌가와12:6 스마야와 요야립과 여다야와12:7 살루와 아목과 힐기야와 여다야니 이상은 예수아 때에 제사장과 그 형제의 어른이었느니라12:8 레위 사람은 예수아와 빈누이와 갓미엘과 세레뱌와 유다와 맛다냐니 이 맛다냐는 그 형제와…