詩篇黙想【抜け出せない泥沼】 20241111(月) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

詩篇 69:13~2869:13 しかし私は主よあなたに祈ります。神よみこころの時にあなたの豊かな恵みにより御救いのまことをもって私に答えてください。69:14 私を泥沼から救い出し沈まないようにしてください。私を憎む者どもから大水の底から救い出してください。69:15 奔流が私を押し流さず深い淵が私を吞み込まず穴が私の上で口を閉じないようにしてください。69:16 主よ私に答えてください。いつくしみ深いあなたの恵みのゆえに。あなたのあわれみの豊かさにしたがって私に御顔を向けてください。69:17 あなたのしもべに御顔を隠さないでください。私は苦しんでいます。早く私に答えてください。69:18 私のたましいに近づきこれを贖ってください。そうして私の敵から私を贖い出してください。69:19 あなたはよくご存じです。私への嘲りと恥と恥辱とを。私に敵する者はみなあなたの御前にいます。69:20 嘲りが私の心を打ち砕き私はひどく病んでいます。私が同情を求めてもそれはなく慰める者たちを求めても見つけられません。69:21 彼らは私の食べ物の代わりに毒を与え私が渇いたときには酢を飲ませました。69:22 彼らの前の食卓は罠となり栄えるときに落とし穴となりますように。69:23 彼らの目が暗くなり見えなくなりますように。その腰がいつもよろけますように。69:24 あなたの憤りを彼らの上に注いでください。燃える怒りを彼らに追いつかせてください。69:25 彼らの宿営が荒れ果てその天幕から住む者が絶えますように。69:26 彼らはあなたが打たれた者を迫害しあなたに刺し貫かれた者の痛みを言いふらします。69:27 どうか彼らの咎に咎を加え彼らをあなたの義のうちに入れないでください。69:28 彼らがいのちの書から消し去られますように。正しい者と並べて彼らが書き記されることがありませんように。 詩篇69篇の詩人の境遇を思うと、胸が締め付けられるような思いがします。彼は泥沼にはまり、深い水に飲み込まれ、押し寄せる濁流に呑まれて抜け出せない状況にいます。詩篇を読むうえで最も避けるべき方法は、ただの経典として読むことです。詩に共感しなければ、そもそも詩を読むことはできないでしょう。私にも似た経験があります。一人ではとても這い上がれそうにない泥沼にはまり、水に溺れて必死にもがき、熱病にうなされ生死をさまよったこともありました。だからこそ、その無力な恐怖を忘れることができません。その恐怖と絶望は、言葉にするのも難しく、再び思い出したくないものです。他人の苦しみに無関心であったとしても、誰もが自分なりの崖に直面するものです。 人の良し悪しは、日常という一方的な神の恵みの中で初めて語ることができる話です。神様がひとときの時間を奪われるならば、人は持っているすべての意味を失い、虚無に崩れ落ちるしかありません。ですから、人が人生において誇れるものなど何もありません。日常の平安を失い、危機に直面した詩人ができることはただひとつ、救いを求めることだけです。「どあなたのしもべに御顔を隠さないでください。私は苦しんでいます。早く私に答えてください。17」 その時、神様は切実に求める私の神様となられるのです。 21節の「彼らは私の食べ物の代わりに毒を与え私が渇いたときには酢を飲ませました。」という言葉は、マタイによる福音書27章34節で「彼らはイエスに、苦みを混ぜたぶどう酒を飲ませようとした。イエスはそれをなめただけで、飲もうとはされなかった。」という形で成就されました。イエス様は、呪われた痛みと裸にされた屈辱の中で、神様との断絶に苦しみました。しかし、そこに慈悲はありませんでした。死ぬために木にかけられ、苦しみを受け、そこで命を失わなければならなかったのです。少しの慰めも救いもなく、十字架にかけられたイエス様は世の罪を背負って釘付けにされたのです。彼は叫びましたが、その叫びは神様に届かず、「なぜわたしをお見捨てになったのか」と嘆きました。 罪は一度も赦されたことがありません。罪の代価が支払われただけです。赦されたのではなく、法的に解決されたのです。罪を背負った人間がいかに悲鳴を上げようと、その声は神様には届きません。しかし、十字架上で罪の代価が完全に支払われたと信じる者から順に、赦しが始まります。切実な救いの願望は、すでに屈辱と苦痛の中で罪の代価を完全に支払ったイエス・キリストの名によってのみ受けることができるのです。イエス様の名を呼ぶべきです。罪があっても、欠点があっても呼び求めることができます。自ら苦しみを乗り越えるのではなく、自分の罪を解決するのでもありません。苦難のときにイエスに寄り添っていただくことが信仰であり、それだけが生きる道なのです。

시편 묵상 【헤어나올 수 없을 때】 20241111(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

시편 69:13~2869:13 여호와여 열납하시는 때에 나는 주께 기도하오니 하나님이여 많은 인자와 구원의 진리로 내게 응답하소서69:14 나를 수렁에서 건지사 빠지지 말게 하시고 나를 미워하는 자에게서와 깊은 물에서 건지소서69:15 큰 물이 나를 엄몰하거나 깊음이 나를 삼키지 못하게 하시며 웅덩이로 내 위에 그 입을 닫지 못하게 하소서69:16 여호와여 주의 인자하심이 선하시오니 내게 응답하시며 주의 많은 긍휼을 따라 내게로…

詩編 黙想 【定説、逆説】 20241108(金) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

詩編 68:1-1868:0 指揮者のために。ダビデによる。賛歌。歌。 68:1 神は立ち上がりその敵は散り失せる。神を憎む者たちは御前から逃げ去る。 68:2 煙が追い払われるように追い払ってください。ろうが火の前で溶け去るように悪しき者が神の御前から滅び失せますように。 68:3 しかし正しい者たちは小躍りして喜ぶ。神の御前で喜び楽しむ。 68:4 神に向かって歌い御名をほめ歌え。雲に乗って来られる方のために道を備えよ。その御名は主。その御前で喜び躍れ。 68:5 みなしごの父、やもめのためのさばき人は聖なる住まいにおられる神。 68:6 神は孤独な者を家に住まわせ捕らわれ人を歓喜の歌声とともに導き出される。しかし頑迷な者は焦げつく地に住む。 68:7 神よあなたが御民に先立って出て行き荒れ野を進み行かれたときセラ 68:8 地は揺れ動き天も雨を降らせました。シナイにおられる神の御前で。イスラエルの神である神の御前で。 68:9 神よあなたは豊かな雨を注ぎ疲れたあなたのゆずりの地を堅く立てられました。 68:10 あなたの群れはその地に住みました。神よあなたはいつくしみをもって苦しむ者のために備えをされました。 68:11 主はみことばを与えてくださる。良き知らせを告げる女たちは大きな群れ。 68:12 軍勢の王たちは逃げまた逃げる。家に残った女たちは獲物を分け合う。 68:13 羊の囲いの中に横たわるとしてもあなたがたは翼が銀でおおわれてきらめく黄金で羽がおおわれた鳩のようだ。 68:14 全能者が王たちをその地で散らされたときツァルモンには雪が降っていた。 68:15 神々しい山バシャンの山よ。峰を連ねた山バシャンの山よ。 68:16 峰を連ねた山々よ。なぜおまえたちはねたみ見るのか。神がその住まいとして望まれたあの山を。まことに主はとこしえにそこに住まわれる。 68:17 神の戦車は幾千万と数知れず。主はその中におられる。シナイの神は聖所の中に。 68:18 あなたは捕虜を引き連れていと高き所に上り人々に頑迷な者どもにさえ贈り物を与えられた。神であられる主がそこに住まわれるために。    神様の働きについて語る時に、「逆説」という言葉を良く使います。その理由は、神様の働きが世の中の常識、理屈とは違うように感じられるからでしょう。  今日の箇所もまさにその「逆説」のような内容を語っています。弱い者たちの神様がみなしごの父であり、やもめたちのためのさばき人であり、孤独な者たちを家に住まわせ、捕らわれ人たちを導き出される方、逆説を越えて彼らの人生に逆転を与えておられます。  しかし、神様の働きに逆説はありません。それは人間の目に逆説に見えるだけで、ただ神様の定説であります。それだけでなく、人間の立場から見ても神様の働きは逆説ではないでしょう。それは私たちの考えの中の一つを振り返ってみると簡単に分かることができます。  人間の間では「力」が重要な判断の基準となります。誰かは「力こそが真理」とも言うくらいです。単純な身体的能力を超え、経済力、想像力、権力などの数多くの「力」が人を判断する基準になり、力のある者が良いことを勝ち取り、決定権を持つということがこの社会の通念です。  そういう意味で、神様は社会の定説どおりに働いておられるのです。この世で一番強い方は誰でしょうか。 最も大きな権力を持っている方は誰でしょうか。 当然、この世界を造られた神様です。そのため、その方の働きには誰も文句をつけることができないのです。  その方がみなしごの父になり、やもめたちのためのさばき人になっても、孤独な者たちを家に住まわせても、捕らわれ者たちを導き出したとしても、誰も問題とすることができない御名、その名が主なる神様であります。  世の中はその名を妬み、その名の権威を奪おうとしています。私たちが神様の働きを逆説だと感じることもその一部である、その世の中のガスライティング、世の中の偽りのニュースの影響であるかも知れません。  私たちの判断の基準は世の中の考えにあってはなりません。この世の造り主である神様が決められたことが定説であり、善なる神様がなさることが善い行いであります。https://youtu.be/GgFab1Gj8eE?si=kIdBtgXsyEVN9V8_

시편 묵상 【정설, 역설】 20241108(금) 최종석 전도사

시편 68:1-18 68:1 하나님이 일어나시니 원수들은 흩어지며 주를 미워하는 자들은 주 앞에서 도망하리이다 68:2 연기가 불려 가듯이 그들을 몰아내소서 불 앞에서 밀이 녹음 같이 악인이 하나님 앞에서 망하게 하소서 68:3 의인은 기뻐하여 하나님 앞에서 뛰놀며 기뻐하고 즐거워할지어다 68:4 하나님께 노래하며 그의 이름을 찬양하라 하늘을 타고 광야에 행하시던 이를 위하여 대로를 수축하라 그의 이름은 여호와이시니 그의…