民数記 黙想 【厳粛なレビ人の始まり】 20250319(水) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師

民数記 1:47~54 1:47 しかしレビ人は、彼らとともに父祖の部族ごとに登録されることはなかった。 1:48 主はモーセに告げられた。 1:49 「レビ部族だけは、ほかのイスラエルの子らとともに登録してはならない。また、その頭数を調べてはならない。 1:50 あなたは、レビ人に、あかしの幕屋とそのすべての用具、およびすべてそれに付属するものを管理させよ。彼らは幕屋とそのすべての用具を運び、これに仕え、幕屋の周りに宿営しなければならない。 1:51 幕屋が進むときはレビ人がそれを取り外し、幕屋が張られるときはレビ人がこれを組み立てなければならない。資格なしにこれに近づく者は殺されなければならない。 1:52 イスラエルの子らは、軍団ごとに、それぞれ自分の宿営、自分の旗のもとに天幕を張るが、 1:53 レビ人は、あかしの幕屋の周りに宿営しなければならない。わたしの怒りがイスラエルの会衆の上に臨むことがあってはならない。レビ人はあかしの幕屋に関わる任務に当たる。」 1:54 イスラエルの子らは、このようにし、すべて主がモーセに命じられたとおりに行った。 *昨日の本文と今日の本文を取り違えてしまいました。そのため、今日は本来の本文がないので、昨日の本文に戻って黙想します。 レビ人に他の部族と区別された役割を与えられたのは、彼らの身分が特別だったからではなく、彼らに委ねられた職務が特別である必要があったからです。レビ人は幕屋を管理し、礼拝の奉仕をし、イスラエルの民に神様の怒りが下らないように守らなければなりませんでした。 これは非常に厳粛な命令であり、区別された者の生き方は厳粛であるべきです。その目的はレビ人自身のためではなく、神様と民のためだったからです。彼らが警戒すべきなのは、倫理的な正当性よりも宗教権力の弊害だったでしょう。職分が聖なるものであったとしても、人間は本来そのような能力を持つ存在ではありません。人間は堕落し、朽ち果てる存在です。イスラエルのレビ人も、教会の牧師も、誰もが堕落した人間の本性を持っています。 レビ人にとって最も危険なのは、自分が選ばれ区別されたというエリート意識や、政治的・宗教的権力への志向です。もし職分にふさわしく生きられない者であれば、悲しみ嘆くこともあるでしょう。しかし、制度化された宗教的権威を武器にする者は、決して自分の問題に気づくことも、悔い改めることもないでしょう。聖なることは特権ではなく、責任なのです。 皮肉なことに、神のために区別されたレビ人が、神の御子を十字架につけてしまいました。宗教に酔いしれた彼らには、わずかな良心すら残っていませんでした。厳粛なレビ人の区別から始まったにもかかわらず、その権力がイエス様を殺したのです。昨日見過ごしてしまったこの本文で、私たちが見落としてはならないのは、レビ人の特権ではなく、彼らを通して守るべき民と礼拝なのです。

민수기 묵상 【엄중한 레위인의 시작】 20250319(수) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

민수기 1:47~54 1:47 오직 레위인은 그 조상의 지파대로 그 계수에 들지 아니하였으니 1:48 이는 여호와께서 모세에게 일러 가라사대 1:49 레위 지파만은 너는 계수치 말며 그들을 이스라엘 자손 계수 중에 넣지 말고 1:50 그들로 증거막과 그 모든 기구와 그 모든 부속품을 관리하게 하라 그들은 그 장막과 그 모든 기구를 운반하며 거기서 봉사하며 장막 사면에 진을 칠지며…

民数記 黙想 【私が守るべきところ】 20250318(火) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

民数記 2:1~34 2:1 主はモーセとアロンに告げられた。 2:2 「イスラエルの子らは、それぞれ自分たちの旗のもと、自分の一族の旗じるしのもとに宿営しなければならない。会見の天幕の周りに、距離をおいて宿営しなければならない。 2:3 前方、すなわち東側に宿営する者は、軍団ごとのユダの宿営の旗の者でなければならない。ユダ族の族長はアミナダブの子ナフションである。 2:4 彼の軍団は、登録された者が七万四千六百人である。 2:5 その隣に宿営するのはイッサカル部族であり、イッサカル族の族長はツアルの子ネタンエルである。 2:6 彼の軍団は、登録された者が五万四千四百人である。 2:7 その次はゼブルン部族で、ゼブルン族の族長はヘロンの子エリアブである。 2:8 彼の軍団は、登録された者が五万七千四百人である。 2:9 ユダの宿営に属し、その軍団ごとに登録された者の総数は、十八万六千四百人。彼らが先頭を進まなければならない。 2:10 南側は、軍団ごとのルベンの宿営の旗の者たちである。ルベン族の族長はシェデウルの子エリツルである。 2:11 彼の軍団は、登録された者が四万六千五百人である。 2:12 その隣に宿営するのはシメオン部族で、シメオン族の族長はツリシャダイの子シェルミエルである。 2:13 彼の軍団は、登録された者が五万九千三百人である。 2:14 その次はガド部族で、ガド族の族長はデウエルの子エルヤサフである。 2:15 彼の軍団は、登録された者が四万五千六百五十人である。 2:16 ルベンの宿営に属し、その軍団ごとに登録された者の総数は、十五万一千四百五十人。彼らは二番目に進まなければならない。 2:17 次に会見の天幕、すなわちレビ人の宿営が、これらの宿営の中央にあって進まなければならない。宿営する場合と同じように、彼らはそれぞれ自分の場に就いて、自分の旗に従って進まなければならない。 2:18 西側は、軍団ごとのエフライムの宿営の旗の者たちである。エフライム族の族長はアミフデの子エリシャマである。 2:19 彼の軍団は、登録された者が四万五百人である。 2:20 その隣はマナセ部族で、マナセ族の族長はペダツルの子ガムリエルである。 2:21 彼の軍団は、登録された者が三万二千二百人である。 2:22 その次はベニヤミン部族で、ベニヤミン族の族長はギデオニの子アビダンである。 2:23 彼の軍団は、登録された者が三万五千四百人である。 2:24 エフライムの宿営に属し、その軍団ごとに登録された者の総数は、十万八千百人。彼らは三番目に進まなければならない。 2:25 北側は、軍団ごとのダンの宿営の旗の者たちである。ダン族の族長はアミシャダイの子アヒエゼルである。 2:26 彼の軍団は、登録された者が六万二千七百人である。 2:27…

민수기 묵상 【내가 지킬 자리】 20250318(화) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

민수기 2:1~34 2:1 여호와께서 모세와 아론에게 일러 가라사대 2:2 이스라엘 자손은 각각 그 기와 그 종족의 기호 곁에 진을 치되 회막을 사면으로 대하여 치라 2:3 동방 해 돋는 편에 진 칠 자는 그 군대대로 유다의 진기에 속한 자라 유다 자손의 족장은 암미나답의 아들 나손이요 2:4 그 군대는 계수함을 입은 자 칠만 사천 육백 명이며 2:5…

民数記 黙想 【レビ人の職務】 20250312(水) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

民数記 1:47~54 1:47 しかしレビ人は、彼らとともに父祖の部族ごとに登録されることはなかった。 1:48 主はモーセに告げられた。 1:49 「レビ部族だけは、ほかのイスラエルの子らとともに登録してはならない。また、その頭数を調べてはならない。 1:50 あなたは、レビ人に、あかしの幕屋とそのすべての用具、およびすべてそれに付属するものを管理させよ。彼らは幕屋とそのすべての用具を運び、これに仕え、幕屋の周りに宿営しなければならない。 1:51 幕屋が進むときはレビ人がそれを取り外し、幕屋が張られるときはレビ人がこれを組み立てなければならない。資格なしにこれに近づく者は殺されなければならない。 1:52 イスラエルの子らは、軍団ごとに、それぞれ自分の宿営、自分の旗のもとに天幕を張るが、 1:53 レビ人は、あかしの幕屋の周りに宿営しなければならない。わたしの怒りがイスラエルの会衆の上に臨むことがあってはならない。レビ人はあかしの幕屋に関わる任務に当たる。」 1:54 イスラエルの子らは、このようにし、すべて主がモーセに命じられたとおりに行った。 民数記のヘブライ語のタイトルは「荒野で」です。しかし、韓国語での「民数記」という名前は「民の数を数える」という意味を持っています。これは、出エジプトしたイスラエルの民が荒野で軍隊を編成するために、2回にわたって人口調査を行ったことに由来します。最初の人口調査は民数記1章で行われ、2回目の人口調査は26章で再び実施されます。 民数記1章では、神がモーセにイスラエルの子孫の人口を調査するよう命じました。この調査は戦闘力を持つ20歳以上の男子を対象に行われました。そのため、各部族から族長が代表として選ばれ、最終的に603,550人が集計され、軍隊が編成されました。 しかし、レビ族は軍隊の徴集から除外されました。これは、レビ族がアロンの子孫として祭司の職務を遂行しなければならない特別な役割を担っていたからです。彼らは幕屋を管理し、緊急時には幕屋を守ることに専念しなければなりませんでした。この規則は非常に厳しく、レビ人でない者が幕屋に近づくと殺されるべきとされていました。 私たちはしばしば祭司の役割を宗教的な職務だけに限定して考えますが、当時の社会は政教一致の社会でした。したがって、レビ人や祭司は単に儀式を執り行うだけでなく、社会の秩序を維持し、共同体の聖さを守る役割を果たしました。彼らの使命は共同体の中で神の臨在を守り、イスラエルの民を霊的に導くことでした。 レビ人の使命は特定の職業に限定されるものではなく、社会全体に分配された召命でした。兵士は戦争を遂行し、法律家は法律を執行し、医療者は治療を担い、教育者は教えを担当するように、レビ人は共同体が神の前で聖さを保つことを助ける役割を果たしました。すべての人々が神の共同体を聖く守るために、選別された生き方をしなければならないのです。 今日の民主主義社会において、レビ人の役割を文字通りに適用することはできません。しかし、新約聖書ではレビ人の使命がどのように変化したのか、そして私たちはそれをどのように解釈すべきかを理解することが重要です。そのために、へブル人への手紙7章以降とペテロの手紙第一の2章を読まなければなりません。旧約と新約が矛盾しているのではありません。それらの間でイエス・キリストがなされた働きを深く理解することが鍵となります。

민수기 묵상 【레위인의 직무】 20250317(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

민수기 1:47~54 1:47 오직 레위인은 그 조상의 지파대로 그 계수에 들지 아니하였으니 1:48 이는 여호와께서 모세에게 일러 가라사대 1:49 레위 지파만은 너는 계수치 말며 그들을 이스라엘 자손 계수 중에 넣지 말고 1:50 그들로 증거막과 그 모든 기구와 그 모든 부속품을 관리하게 하라 그들은 그 장막과 그 모든 기구를 운반하며 거기서 봉사하며 장막 사면에 진을 칠지며…

ヨハネの福音書 黙想 【終わらない記録】 20250315(土) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

ヨハネの福音書 21:15-25 21:15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たちが愛する以上に、わたしを愛していますか。」ペテロは答えた。「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの子羊を飼いなさい。」 21:16 イエスは再び彼に「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか」と言われた。ペテロは答えた。「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」 21:17 イエスは三度目もペテロに、「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか」と言われた。ペテロは、イエスが三度目も「あなたはわたしを愛していますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ、あなたはすべてをご存じです。あなたは、私があなたを愛していることを知っておられます。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。 21:18 まことに、まことに、あなたに言います。あなたは若いときには、自分で帯をして、自分の望むところを歩きました。しかし年をとると、あなたは両手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をして、望まないところに連れて行きます。」 21:19 イエスは、ペテロがどのような死に方で神の栄光を現すかを示すために、こう言われたのである。こう話してから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」 21:20 ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子がついて来るのを見た。この弟子は、夕食の席でイエスの胸元に寄りかかり、「主よ、あなたを裏切るのはだれですか」と言った者である。 21:21 ペテロは彼を見て、「主よ、この人はどうなのですか」とイエスに言った。 21:22 イエスはペテロに言われた。「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」 21:23 それで、その弟子は死なないという話が兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスはペテロに、その弟子は死なないと言われたのではなく、「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか」と言われたのである。 21:24 これらのことについて証しし、これらのことを書いた者は、その弟子である。私たちは、彼の証しが真実であることを知っている。 21:25 イエスが行われたことは、ほかにもたくさんある。その一つ一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められないと、私は思う。  今日の箇所の中には、イエス様がペテロに三度「わたしを愛していますか」と尋ねられた御言葉、イエス様がペテロに尋ねられた愛(アガペ)とペテロが答えた愛(フィレオ)の違い、イエス様から羊を託されるペテロ、ペテロの将来とヨハネの将来についての御言葉など、多くの内容が記されています。そして、ヨハネの福音書という一つの記録の中にも、今まで多くのことが記されていました。    しかし、非常に膨大で深い内容を取り扱っているヨハネの記録は、まだ終わっていません。ヨハネの記録に記すことができなかったイエス様が行われた多くの御業があるからです。そして、その御業は、今この瞬間にも増え続けています。    その記録は、今も私たちの日々の中で、人々の心の中で、記され続けています。たとえそれがヨハネの福音書のような一つの福音書として記録されることはなくても、確かにこの瞬間にもイエス様は働いておられるからです。    私たちの信仰の記録は、ある瞬間にとどまり、その記録が終わってしまってはなりません。世の終わりまで私たちと共におられるイエス様が、私たちの隣で今も働いておられます。イエス様についての私たちの記録は、消えてしまってもならない、常に更新されなければならないものです。    私たちがイエス様の働きをすべて記録することはできないでしょう。時には忘れてしまったり、イエス様の働きに気づくことができなかったり、自らの記録を残すことに心を奪われてしまう時もあるでしょう。しかし、確かなことは、その瞬間にもイエス様は働いておられるということです。人がすべてを証しすることができない、イエス様ご自身の終わらない記録を、絶えず増やしいっておられるのです。 https://youtu.be/l8-Dp_psNhA?si=JP9oDr4Faw1vFnk8

요한복음 묵상 【끝나지 않는 기록】 20250315(토) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

요한복음 21:15-25 21:15 그들이 조반 먹은 후에 예수께서 시몬 베드로에게 이르시되 요한의 아들 시몬아 네가 이 사람들보다 나를 더 사랑하느냐 하시니 이르되 주님 그러하나이다 내가 주님을 사랑하는 줄 주님께서 아시나이다 이르시되 내 어린 양을 먹이라 하시고 21:16 또 두 번째 이르시되 요한의 아들 시몬아 네가 나를 사랑하느냐 하시니 이르되 주님 그러하나이다 내가 주님을 사랑하는 줄…

ヨハネの福音書 黙想 【思い出】 20250314(金) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

ヨハネの福音書 21:1-14 21:1 その後、イエスはティベリア湖畔で、再び弟子たちにご自分を現された。現された次第はこうであった。 21:2 シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、そして、ほかに二人の弟子が同じところにいた。 21:3 シモン・ペテロが彼らに「私は漁に行く」と言った。すると、彼らは「私たちも一緒に行く」と言った。彼らは出て行って、小舟に乗り込んだが、その夜は何も捕れなかった。 21:4 夜が明け始めていたころ、イエスは岸辺に立たれた。けれども弟子たちには、イエスであることが分からなかった。 21:5 イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ、食べる魚がありませんね。」彼らは答えた。「ありません。」 21:6 イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすれば捕れます。」そこで、彼らは網を打った。すると、おびただしい数の魚のために、もはや彼らには網を引き上げることができなかった。 21:7 それで、イエスが愛されたあの弟子が、ペテロに「主だ」と言った。シモン・ペテロは「主だ」と聞くと、裸に近かったので上着をまとい、湖に飛び込んだ。 21:8 一方、ほかの弟子たちは、魚の入った網を引いて小舟で戻って行った。陸地から遠くなく、二百ペキスほどの距離だったからである。 21:9 こうして彼らが陸地に上がると、そこには炭火がおこされていて、その上には魚があり、またパンがあるのが見えた。 21:10 イエスは彼らに「今捕った魚を何匹か持って来なさい」と言われた。 21:11 シモン・ペテロは舟に乗って、網を陸地に引き上げた。網は百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。それほど多かったのに、網は破れていなかった。 21:12 イエスは彼らに言われた。「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子たちは、主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか」とあえて尋ねはしなかった。 21:13 イエスは来てパンを取り、彼らにお与えになった。また、魚も同じようにされた。 21:14 イエスが死人の中からよみがえって、弟子たちにご自分を現されたのは、これですでに三度目である。  以前、ある講義の中で特別な経験をしたことがあります。その先生が学生たちに求めたのはこのようなことでした。「二人ペアになって、お互いのために祈る時間を持ってください。ただし、いつものように祈り課題を分かち合って祈るのではなく、互いの初めての出会いの時から、今までの思い出を振り返り、自ら相手のために祈ってみてください。」  私はすごく独特な祈り方だなと思いながらも、その方法がすごく気に入りました。ただ現実的で表面的な、いつの間にか定型文になってしまったお祈りではなく、心からその人のことを思いながら祈ることができ、相手との思い出を振り返ることで、これまでの自分と、今の自分のことを振り返ることができる時間であったからです。  このように、人間にとって‘思い出’とは、力強く、独特な力を持っています。当時は大したことではなかったかもしれない出来事が、振り返ってみれば大きく大切な出来事になっていたり、忘れられない瞬間になっていたり、当時は大きく感じられた出来事が、振り返ってみると大したことではなかったと感じたりします。そして、時には、当時も衝撃的だった出来事が、振り返ってみるとさらに衝撃的になることもあります。  このようなことを誰よりもよくご存知の神様は、時々この「思い出」を用いてご自分の人を立ち返らせ、成長させられます。その代表的な例が、今日の箇所のペテロです。  今日の箇所では、当時のシモン、今のペテロが初めてイエス様の弟子として召された時の姿をそのまま再現しています。後悔と悲しみに陥っていたペテロは、神様のみこころによって再び自分の最初の召しの瞬間、その思い出の時間と場所に呼ばれました。そして再び彼の前に、この場所で彼を召されたイエス様が現れました。  推測するに、この出来事はペテロにとって、イエス様の最初の召しの時よりも強烈に彼の心に刻まれたでしょう。初めて弟子として召された時よりも、さらに切実で確実に、使徒ペテロとしての召しに応えるようになったでしょう。  時々、イエス様への私たちの心が薄れていく時があります。そのような時、今までイエス様と共に過ごしてきた思い出を振り返ってみましょう。その時の喜びと感動、その時の決心は、これまでの思い出の時間を経て、さらに大きくなって私たちを迎えてくれます。また、後日、思い出として今を振り返ることになる時のために、今、神様との時間を大事にし、神様から与えられたものを存分楽しみながら生きていきましょう。 https://youtu.be/0ta5dCwn3ZE?si=kwm9VjR16Ve2aOiR

요한복음 묵상 【추억】 20250314(금) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

요한복음 21:1-14 21:1 그 후에 예수께서 디베랴 호수에서 또 제자들에게 자기를 나타내셨으니 나타내신 일은 이러하니라 21:2 시몬 베드로와 디무로라 하는 도마와 갈릴리 가나 사람 나다나엘과 세베대의 아들들과 또 다른 제자 둘이 함께 있더니 21:3 시몬 베드로가 나는 물고기 잡으러 가노라 하니 그들이 우리도 함께 가겠다 하고 나가서 배에 올랐으나 그 날 밤에 아무 것도 잡지…