創世記 黙想63【エフライムの理由】221118(金) 枝川愛の教会

創世記 48:12~2248:12 ヨセフはヤコブの膝から彼らを引き寄せて、顔を地に付けて伏し拝んだ。48:13 それからヨセフは二人を、右手でエフライムをイスラエルの左手側に、左手でマナセをイスラエルの右手側に引き寄せた。そして二人を彼に近寄らせた。48:14 ところがイスラエルは、右手を伸ばして弟であるエフライムの頭に置き、左手をマナセの頭に置いた。マナセが長子なのに、彼は手を交差させたのである。48:15 彼はヨセフを祝福して言った。「私の先祖アブラハムとイサクが、その御前に歩んだ神よ。今日のこの日まで、ずっと私の羊飼いであられた神よ。48:16 すべてのわざわいから私を贖われた御使いが、この子どもたちを祝福してくださいますように。私の名が先祖アブラハムとイサクの名とともに、彼らのうちに受け継がれますように。また、彼らが地のただ中で豊かに増えますように。」48:17 ヨセフは、父が右手をエフライムの頭に置いたのを見て、それは間違っていると思い、父の手を取って、それをエフライムの頭からマナセの頭へ移そうとした。48:18 ヨセフは父に言った。「父上、そうではありません。こちらが長子なのですから、右の手を、こちらの頭に置いてください。」48:19 しかし、父は拒んで言った。「分かっている。わが子よ。私には分かっている。彼もまた、一つの民となり、また大いなる者となるであろう。しかし、弟は彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるほどになるであろう。」48:20 彼はその日、彼らを祝福して言った。「おまえたちによって、イスラエルは祝福のことばを述べる。『神がおまえをエフライムやマナセのようになさるように』と。」こうして彼はエフライムをマナセの先にした。48:21 イスラエルはヨセフに言った。「私は間もなく死ぬだろう。しかし、神はおまえたちとともにおられ、おまえたちを先祖の地に帰してくださる。48:22 私は、兄弟たちではなくおまえに、私が剣と弓でアモリ人の手から取った、あのシェケムを与えよう。」   ヨセフの代わりに、エフライムとマナセが12部族の一族を占める祝福を受けました。考えてみれば、エフライムとマナセの母系はエジプトの祭司です。人種的にも霊的にもイスラエルを形成するのに純血とは言えません。ヤコブは自分の息子たちよりも養子にしたヨセフの息子をさらに祝福します。だからイスラエルが始めた時から「私たちだけ」という概念はなかったのです。   ヤコブが右手を次男のエフライムの頭に乗せて祝福し、長男のマナセの頭には左手を乗せて祝福すると、ヨセフが右手を長男の頭の上に乗せてほしいと求めますが、ヤコブは変えません。 エフライムにもっと大きい祝福をします。実際、イスラエルの歴史において、エフライムは非常に強力な部族になります。   ヨセフの息子たちが、ヨセフ部族の子孫ではなく、イスラエルの父親になることは保守的な純血主義を拒否したことであり、マナセよりエフライムの方がより多くの祝福を受けたことは伝統的序列までも拒絶されたものです。マタイの福音書にあるイエス様の系図を見れば、血統的純血ではなく、序列でもなく、道徳的な優位でもないことが分かります。   聖書は常に長者のことを言いますが、実際には長者ではない人を通して約束は続けられます。 アダムの長男はカアンですが、セツにつながり、イサクの長男はイスマエルでしたが、約束はイサクに続き、イサクの長男はエサウですが、代わりにヤコブ、ヤコブの長男のルウベンの代わりにヨセフです。そしてマナセの代わりにエフライムです。   神様は主権を持って人を立て、歴史を築いていかれます。その理由や根拠、合理性が見つかりません。無理に教訓的な意味を求めない方がいいです。神様がどのような理由で誰かを呼んで何かに使うのかが分かりません。それを一般化することができません。人事については、神様の固有権限です。理由もなく、資格もなく救いの恵みに呼ばれた聖徒のあるべき姿勢です。 「なぜあの人なのか」とは言えませんが、「私にも」と望むことはできます。純血でも、道徳でもなく、序列でもないのでから、私にも望む資格があります。

창세기 묵상63【에브라임의 이유】221118(금) 에다가와 사랑의 교회

창세기 48:12~2248:12 요셉이 아비 무릎 사이에서 두 아들을 물리고 땅에 엎드려 절하고48:13 우수로는 에브라임을 이스라엘의 좌수를 향하게 하고 좌수로는 므낫세를 이스라엘의 우수를 향하게 하고 이끌어 그에게 가까이 나아가매48:14 이스라엘이 우수를 펴서 차자 에브라임의 머리에 얹고 좌수를 펴서 므낫세의 머리에 얹으니 므낫세는 장자라도 팔을 어긋맞겨 얹었더라48:15 그가 요셉을 위하여 축복하여 가로되 내 조부 아브라함과 아버지 이삭의…

創世記 黙想62【ヨセフ族がない理由】221117(木) 枝川愛の教会

創世記 48:1~1148:1 これらのことの後、ヨセフに「お父上が、御病気です」と告げる者があったので、彼は二人の息子、マナセとエフライムを連れて行った。48:2 ヤコブに「息子さんのヨセフが、今お見えになりました」との知らせがあった。それで、イスラエルは力を振り絞って床の上に座った。48:3 ヤコブはヨセフに言った。「全能の神はカナンの地ルズで私に現れ、私を祝福して、48:4 仰せられた。『見よ、わたしはあなたに多くの子を与える。あなたを増やし、あなたを多くの民の群れとし、この地をあなたの後の子孫に永遠の所有地として与える。』48:5 私がエジプトのおまえのところにやって来る前に、エジプトの地でおまえに生まれた、おまえの二人の子は、今、私の子とする。エフライムとマナセは、ルベンやシメオンと同じように私の子となる。48:6 しかし、二人の後でおまえに生まれる子どもたちは、おまえのものになる。しかし、彼らがゆずりとして受け継ぐ地では、彼らは兄たちの名を名乗らなければならない。48:7 私のことを言えば、パダンから帰って来たとき、その途上のカナンの地で、悲しいことにラケルが死んだ。エフラテに着くにはまだかなりの道のりがあるところでだった。私は、エフラテ、すなわちベツレヘムへの道にあるその場所に、彼女を葬った。」48:8 イスラエルはヨセフの息子たちに気づいて言った。「この者たちはだれか。」48:9 ヨセフは父に答えた。「神がここで私に授けてくださった息子たちです。」すると、父は「私のところに連れて来なさい。彼らを祝福しよう」と言った。48:10 イスラエルは老齢のために目がかすんでいて、見ることができなかった。それで、ヨセフが彼らを父のところに近寄らせると、父は彼らに口づけして抱き寄せた。48:11 イスラエルはヨセフに言った。「おまえの顔が見られるとは思わなかったのに、今こうして神は、おまえの子孫も私に見させてくださった。」   臨終を向かえるヤコブが力を尽くして立ち上がり、ヨセフに言った言葉はルズ、すなわちベテルの神様との約束です。それが遺産だからです。ベテルの約束はヤコブの人生で終わりません。人生が終わっても神様の約束は終わらず続きます。ヤコブは神様の約束の中でヨセフを祝福しますが、ヨセフの二人の息子、エフライムとマナセを自分の息子にすると言います。孫を養子にするのです。   イスラエルの12部族はヤコブの息子12人の息子ではなく、ヨセフの名前が抜けてヨセフの2人の息子が含まれます。ということで13人になりますが、後日にレビは各部族の祭祀になって入るため、ヨセフ族とレビ族は共同体として存在しません。ヨセフが除外されたのではなく、ヨセフの2人の息子がそれぞれ一派の父親になるので、結局ヨセフは2倍の長者の祝福を受けました。   それは神様とヤコブの約束に基づいたものです。ヤコブは死を迎える瞬間にも約束の確信を持ち、次の準備をしています。死の瞬間までも揺り動かない神様との約束があることを願います。ヤコブは二度とヨセフに会えないと思っていましたが、孫たちまで会い、彼らを祝福できる恵みを与って感謝します。  

창세기 묵상62【요셉지파가 없는 이유】221117(목) 에다가와 사랑의 교회

창세기 48:1~1148:1 이 일 후에 혹이 요셉에게 고하기를 네 부친이 병들었다 하므로 그가 곧 두아들 므낫세와 에브라임과 함께 이르니48:2 혹이 야곱에게 고하되 네 아들 요셉이 네게 왔다 하매 이스라엘이 힘을 내어 침상에 앉아48:3 요셉에게 이르되 이전에 가나안 땅 루스에서 전능한 하나님이 내게 나타나 복을 허락하여48:4 내게 이르시되 내가 너로 생육하게 하며 번성하게 하여 네게서 많은…

創世記 黙想61【死んでも行かなければならない処】221116(水) 枝川愛の教会

創世記 47:23~3147:23 ヨセフは民に言った。「見よ。私は今、おまえたちとおまえたちの土地を買い取って、ファラオのものとした。さあ、ここに、おまえたちのための種がある。これをその土地に蒔きなさい。47:24 収穫の時になったら、その五分の一はファラオに納め、五分の四は自分のものとしなさい。畑の種にするため、自分の食糧にするため、家の者のため、また扶養すべき者たちの食糧のために、そうしなさい。」47:25 すると彼らは言った。「あなた様は私たちを生かしてくださいました。私たちは、あなた様のご好意を受けて、ファラオの奴隷となりましょう。」47:26 ヨセフは、エジプトの土地について、五分の一はファラオのものとしなければならないという、一つの掟を定めた。それは今日にまで及んでいる。ただし、祭司の土地だけはファラオのものとならなかった。47:27 さて、イスラエルはエジプトの国でゴシェンの地に住んだ。彼らはそこに所有地を得て、多くの子を生み、大いに数を増やした。47:28 ヤコブはエジプトの地で十七年生きた。ヤコブが生きた年月は百四十七年であった。47:29 イスラエルに死ぬ日が近づいたとき、彼はその子ヨセフを呼び寄せて言った。「もしおまえの心にかなうなら、おまえの手を私のももの下に入れ、私に愛と真実を尽くしてくれ。私をエジプトの地には葬らないでほしい。47:30 私が先祖とともに眠りについたら、エジプトから運び出して、先祖の墓に葬ってくれ。」ヨセフは言った。「必ずあなたの言われたとおりにいたします。」47:31 イスラエルは言った。「私に誓ってくれ。」ヨセフは彼に誓った。イスラエルは寝床の枕もとで、ひれ伏した。   ヤコブの家族がエジプトに移住して17年が経ちました。ヨセフは地中海社会の絶対強国だったエジプトの実権者であり、イスラエルはヨセフの保護の下で栄えました。ヤコブは死を準備します。エジプトに自分を葬らずにカナンに持って行って葬るようにヨセフに誓わせます。   臨終を迎える人々は一様に家に帰りたがります。病院が嫌いで、どこに行くのか分からずに死ななければならないことが怖いです。家族と元気に暮らしていた家に帰りたいのです。以前は病院で治療を受けていても臨終の時になると家に帰って臨終を迎えましたが、今は逆に病院に行って死ななければならなくなりました。悲しい思いがあります。   ヤコブも若いときに生きていた故郷に帰りたかったはずです。ベエル・ラハイ・ロイで生まれ、ベエル・シェバで育ち、ベテルで神様に会い、ハランで若い時のの苦労をし、ペヌエルでイスラエルになりました。スコテで暮らし、セゲムに定着し、再びベテルに上りました。死を前にたって振り返れば、その愛憎の日々も懐かしいものでした。   だからヨセフに自分が死んでもカナンに連れて行ってくれることを頼みました。まだ若いヨセフも後日、死ぬ時に遺骨をカナンに持って行ってほしいと子孫たちに頼んで死にます。そこにだけ食べ物があったから仕方なくそこで食べて生きていました。そこで総理になって栄光を受けたり、そこで奴隷になって苦しみを受けたりもしました。   しかし、そこはしばらく通り過ぎるところです。エジプトは私の家ではありません。約束があるのでカナンに戻らなければなりません。ヤコブとヨセフが帰りたかった故郷とは地上の住まいの崩れる幕屋でなく、天にある永遠の住まいです。「たとえ私たちの地上の住まいである幕屋が壊れても、私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住まいがあることを、私たちは知っています。Ⅱコリント5:1」約束の信仰を持った人々がエジプトに永遠に生きることはありません。  

창세기 묵상61【죽어서도 가야 할 곳】221116(수) 에다가와 사랑의 교회

창세기 47:23~3147:23 요셉이 백성에게 이르되 오늘날 내가 바로를 위하여 너희 몸과 너희 전지를 샀노라 여기 종자가 있으니 너희는 그 땅에 뿌리라47:24 추수의 오분 일을 바로에게 상납하고 사분은 너희가 취하여 전지의 종자도 삼고 너희의 양식도 삼고 너희 집 사람과 어린아이의 양식도 삼으라47:25 그들이 가로되 주께서 우리를 살리셨사오니 우리가 주께 은혜를 입고 바로의 종이 되겠나이다47:26 요셉이 애굽…

創世記 黙想60【生かせるための拡張】221115(火) 枝川愛の教会

創世記 47:13~2247:13 飢饉が非常に激しかったので、全地で食物がなくなり、エジプトの地もカナンの地も飢饉によって衰え果てた。47:14 ヨセフは、エジプトの地とカナンの地にあった銀をすべて集めた。それは人々が穀物に対して払ったものである。ヨセフはその銀をファラオの家に納めた。47:15 エジプトの地とカナンの地に銀が尽きたとき、エジプト人はみなヨセフのところに来て言った。「私たちに食物を下さい。銀が尽きたからといって、どうして私たちがあなた様の前で死んでよいでしょうか。」47:16 ヨセフは言った。「おまえたちの家畜を差し出しなさい。銀が尽きたのなら、家畜と引き替えに与えよう。」47:17 人々がヨセフのところに家畜を引いて来たので、ヨセフは、馬、羊の群れ、牛の群れ、ろばと引き替えに、彼らに食物を与えた。こうして彼はその年、すべての家畜と引き替えに、彼らに食物を分け与えた。47:18 やがてその年も終わり、次の年にも人々はヨセフのところに来て言った。「私たちはあなた様に何も隠しません。銀も尽き、家畜の群れもあなた様のものになったので、自分のからだと土地のほかには、あなた様の前に何も残っておりません。47:19 どうして私たちが、土地と一緒にあなた様の前で死んでよいでしょうか。食物と引き替えに、私たちと私たちの土地を買い取ってください。私たちは土地と一緒にファラオの奴隷となります。どうか種を下さい。そうすれば私たちは生き延び、死なずにすみます。土地も荒れないでしょう。」47:20 それでヨセフは、エジプトのすべての土地をファラオのために買い取った。エジプト人に飢饉が厳しかったので、人々がみな、自分の畑地を売ったからである。こうしてその土地は、ファラオのものとなった。47:21 また民については、エジプトの領土の端から端に至るどこででも、彼らを町々に移動させた。47:22 しかし、祭司たちの土地だけは買い取らなかった。祭司たちにはファラオからの給与があり、ファラオが与える給与によって生活していたからである。そのため、自分たちの土地を売らなかった。   ヨセフの夢の解釈のどおり、エジプトを取り巻く周辺国の過酷な飢饉は続きます。エジプトだけが食糧を備蓄していたので、周辺国はエジプトで食糧を求めなければなりませんでした。 したがって、貨幣はエジプトに集まるようになり、周辺国は追加の食料を買うために家畜や土地や人までエジプトに服属され始めます。ヨセフの経済政策によりエジプトの土地領土は拡大し、最終的にエジプトを中心に国際秩序は再編されます。   ある人はこれについて覇権的な搾取であると言うこともありますが、昔も今も国際関係を力という基準を抜きにして扱うことはできません。それにヨセフが隣人の土地を奪うために命を殺すような戦争を起こしたことではなく、隣人の命を救うために食料を提供し、一国の総理の責任のもとでエジプトの影響力を広げたことが非難されることではありません。   ヨセフは、広がったエジプトの行政区画を再編し、人口を移動させ、統治システムを整備します。周辺国はエジプトに統合され、エジプト国民の恵みを受けるでしょう。ヨセフは夢を解釈する予言者の能力だけでなく、国際情勢を知る洞察と行政力まで持っていました。出所が神様です。神様が知恵を与え、様々な経験を積ませたからです。困難な時代に困難な人々を生かし、自分の境はさらに広げていける神様の知恵と賜物を願い求めます。

창세기 묵상60【살리기 위한 확장】221115(화) 에다가와 사랑의 교회

창세기 47:13~2247:13 기근이 더욱 심하여 사방에 식물이 없고 애굽 땅과 가나안 땅이 기근으로 쇠약하니47:14 요셉이 곡식을 팔아 애굽 땅과 가나안 땅에 있는 돈을 몰수이 거두고 그 돈을 바로의 궁으로 가져오니47:15 애굽 땅과 가나안 땅에 돈이 진한지라 애굽 백성이 다 요셉에게 와서 가로되 돈이 진하였사오니 우리에게 식물을 주소서 어찌 주 앞에서 죽으리이까47:16 요셉이 가로되 너희의 짐승을…

創世記 黙想59【旅路】221114(月) 枝川愛の教会

創世記 47:1~1247:1 ヨセフはファラオのところに来て、報告した。「私の父と兄弟たち、また、その羊の群れ、牛の群れ、そして、彼らの所有するものすべてが、カナンの地から参りました。今、ゴシェンの地におります。」47:2 彼は兄弟の中から五人を連れて来て、ファラオに引き合わせた。47:3 ファラオはヨセフの兄弟たちに尋ねた。「おまえたちの職業は何か。」彼らはファラオに答えた。「しもべどもは羊を飼う者で、私どもも、私どもの先祖もそうでございます。」47:4 また、彼らはファラオに言った。「私たちはこの地に寄留しようとして参りました。カナンの地は飢饉が激しくて、しもべどもの羊のための牧草がございません。どうか、しもべどもをゴシェンの地に住まわせてください。」47:5 ファラオはヨセフに言った。「おまえの父と兄弟たちが、おまえのところに来た。47:6 エジプトの地はおまえの前にある。最も良い地に、おまえの父と兄弟たちを住まわせなさい。彼らをゴシェンの地に住まわせるがよい。彼らの中に有能な者たちがいるのが分かったなら、その者たちを私の家畜の係長としなさい。」47:7 それから、ヨセフは父ヤコブを連れて来て、ファラオの前に立たせた。ヤコブはファラオを祝福した。47:8 ファラオはヤコブに尋ねた。「あなたの生きてきた年月は、どれほどになりますか。」47:9 ヤコブはファラオに答えた。「私がたどってきた年月は百三十年です。私の生きてきた年月はわずかで、いろいろなわざわいがあり、私の先祖がたどった日々、生きた年月には及びません。」47:10 ヤコブはファラオを祝福し、ファラオの前から立ち去った。47:11 ヨセフは、ファラオが命じたとおりに、父と兄弟たちの住まいを定め、彼らにエジプトの地で最も良い地、ラメセスの地に所有地を与えた。47:12 またヨセフは、父と兄弟たちとその一族全員を、扶養すべき者の数に応じて、食物を与えて養った。   エジプトに到着したヤコブは、エジプトの王ファラオに会います。ファラオがヤコブの年齢を尋ねると、130歳だと言い、旅人の道でいろいろなわざわいがある年月を送ったと言います。ヤコブの口からわざわいの人生ということを聞くと、彼の人生が走馬灯のように流れます。エジプトに下る道でヤコブは何を考えたのでしょうか。ヨセフに会えること喜びですが、老年に定着したところを離れて食べ物を求めて移住しているヤコブはとても悲しかったと思います。確かにヤコブの人生は旅人の人生でした。だからヤコブの祝福というのは、安定して安らぎを楽しむ祝福ではありませんでした。「生きるということは何か」という質問は忘れたらまたくださる神様の質問です。しかし、生きることが何であるかは誰にもわかりません。与えられた時間を生きていくだけです。   ファラオの質問に対するヤコブの答えは、自分自身の憐憫を超え、人生の本質を告白したことだと思います。ヤコブだけがそうではありません。すべての人生は神様の中で旅人です。昨日の説教で「神様がくださる時間と空間の提供が終わるのが人間の死」と言いました。与えられた時間と空間を生きる人間にとって、旅人という言葉ほど正確にアイデンティティを表すことはありません。誰もが旅人の道を生きていきます。執着せずに生きたいです。今朝の祈祷会で伝道書を読みました。 「人の労苦はみな、自分の口のためである。しかし、その食欲は決して満たされない。6:7」満たされない食欲、食べられないという不安のために何かを捕まえていきますが、思った通りになりません。旅立ちなので可哀想です。しかし、それよりもっとかわいそうなのは、この地にあるものを捕まえて死なないように執着して生きていく愚かさでしょう。

창세기 묵상59【나그네길】221114(월) 에다가와 사랑의 교회

창세기 47:1~1247:1 요셉이 바로에게 가서 고하여 가로되 나의 아비와 형들과 그들의 양과 소와 모든 소유가 가나안 땅에서 와서 고센 땅에 있나이다 하고47:2 형들 중 오인을 택하여 바로에게 보이니47:3 바로가 요셉의 형들에게 묻되 너희 생업이 무엇이냐 그들이 바로에게 대답하되 종들은 목자이온데 우리와 선조가 다 그러하니이다 하고47:4 그들이 또 바로에게 고하되 가나안 땅에 기근이 심하여 종들의 떼를…