욥기 QT53 211215수【엘리후의 자승자박】욥기 34장 21~37

욥기 34장 21~3734:21 하나님은 사람의 길을 주목하시며 사람의 모든 걸음을 감찰하시나니34:22 악을 행한 자는 숨을 만한 흑암이나 어두운 그늘이 없느니라34:23 하나님은 사람을 심판하시기에 오래 생각하실 것이 없으시니34:24 세력 있는 자를 조사할 것 없이 꺾으시고 다른 사람을 세워 그를 대신하게 하시느니라34:25 이와 같이 그들의 행위를 아시고 그들을 밤 사이에 엎으신즉 멸망하나니34:26 그들을 악한 자로 여겨 사람의…

ヨブ記 QT52 211214火【エリフの飛躍】ヨブ記 34章 1~20

ヨブ記 34章 1~2034:1 エリフはさらに言った。34:2 知恵のある人々よ、私のことばを聞け。知識のある人々よ、私に耳を傾けよ。34:3 耳はことばを聞き分け、口は食物を味わうからだ。34:4 さあ、私たちのために正しいことを選び、私たちの間で、何が良いことかをよく知ろう。34:5 ヨブはこう言っているからだ。「私は正しい。神が私の正義を取り去ったのだ。34:6 私の正義に反して、私は偽りを言えるだろうか。背きがないのに、私の矢傷は治らない。」34:7 ヨブのような人がほかにいるだろうか。彼は嘲りを水のように飲み、34:8 不法を行う者どもとよく交わり、悪人たちとともに歩む。34:9 彼は言っている。「神に喜ばれようとしても、それは人の役に立たない。」34:10 だから、あなたがた良識のある人々よ、私に聞け。神が悪を行うなど、全能者が不正をするなど、絶対にあり得ない。34:11 神は、人の行いに応じて報いをし、それぞれをその道にしたがって取り扱われる。34:12 神は決して悪を行わない。全能者はさばきを曲げない。34:13 だれが、この地を神にゆだねたのか。だれが、全世界を神に任せたのか。34:14 もし、神がご自分だけに心を留め、その霊と息をご自分に集められたら、34:15 すべての肉なるものはともに息絶え、人は土のちりに帰る。34:16 悟ることができるなら、これを聞け。私の言うことに耳を傾けよ。34:17 いったい、公正を憎む者が、治めることができるだろうか。正しく力ある方を不義に定めることができるだろうか。34:18 人が王に向かって「よこしまな者」と言い、高貴な人に向かって「悪者」と言えるだろうか。34:19 この方は、首長たちをえこひいきせず、上流の人を貧しい民より重んじることはない。彼らはみな、神の御手のわざだからだ。34:20 彼らは瞬く間に、それも真夜中に死に、民は動揺のうちにいなくなる。強い者たちも人の手によらずに取り去られる。   エリフは、5,6節の「私は正しい。神が私の正義を取り去ったのだ。私の正義に反して、私は偽りを言えるだろうか。背きがないのに、私の矢傷は治らない」というヨブの言葉をあげて怒ります。エリフもヨブが邪悪であると考えているのは三人の友達と同じです。7節の「ブのような人がほかにいるだろうか」ということは、「ヨブよりも悪い人はいない」ということです。   ヨブが恨み混じったことを言ったのがその一次原因ではありますが、エリフの怒りは事実に基づいておらず、飛躍してヨブを罵倒しています。ヨブが罪を犯したと思い込んでいるエリフ自身の立場をより強くするために「ヨブより悪い人がいない」と言ったことであります。しかし、それは明らかに誤解で、飛躍です。「彼は嘲りを水のように飲み、不法を行う者どもとよく交わり、悪人たちとともに歩む 7,8」ヨブが悪人たちと共に悪を行い、いつものことで神様を憎んだということですが、これも事実無根です。   エリフは怒りの感情の中で想像し、それを前提として事実と関係のない飛躍をしています。ヨブが恨みある言葉をしたのは確かです。ということでヨブを不敬に評価することもありますが、ヨブは自分の人生という事実に基づいて自己感情に率直したと思います。少なくともヨブは自己欺瞞をしているわけではないからです。   何かのことで争いが始まると、きっかけになった出来事で終わらずにそれを感情的に一般化してしまうことがあります。「あなたはいつもこうだ、全部だめだ、一度もやったことがない」などの極端な一般化の誤謬で相手を感情的に刺激しますが、少し冷静する必要があります。   神様の正義を説明するために人間を引き下げる必要はありません。神様について、そして神様の正義と裁きについて語る人は多くいますが、彼が神様について実際に知っているか、それとも抽象的に知っているかは、彼の人に対する態度を通して分かります。神様の公義を語りながら人を無価値なものと考えるなら、神様の義は依然として誤解されているのです。

욥기 QT52 211214화【엘리후의 비약】욥기 34장 1~20

욥기 34장 1~2034:1 엘리후가 말을 이어 가로되34:2 지혜 있는 자들아 내 말을 들으며 지식 있는 자들아 내게 귀를 기울이라34:3 입이 식물의 맛을 변별함 같이 귀가 말을 분별하나니34:4 우리가 스스로 옳은 것은 택하고 무엇이 선한가 우리끼리 알아보자34:5 욥이 말하기를 내가 의로우나 하나님이 내 의를 제하셨고34:6 내가 정직하나 거짓말장이가 되었고 나는 허물이 없으나 내 상처가 낫지 못하게…

ヨブ記 QT51 211213月【神様を解釈する】ヨブ記 33章 14~33

ヨブ記 33章 14~3333:14 神はある方法で語り、また、ほかの方法で語られるが、人はそれに気づかない。33:15 夢の中で、夜の幻の中で、深い眠りが人々を襲うとき、また寝床の上でまどろむとき、33:16 そのとき、神はその人たちの耳を開き、彼らを懲らしめて、それを封印される。33:17 神は、人間がその悪いわざを取り除くようにし、人から高ぶりを離れさせ、33:18 人のたましいが滅びの穴に入らず、そのいのちが投げ槍で滅びないようにされる。33:19 神は、床の上で痛みをもって人を責め、いつまでも続く骨の病によってお叱りになる。33:20 彼のいのちは食物を嫌い、そのたましいはうまい物を嫌う。33:21 その肉は衰え果てて見えなくなり、見えなかった骨があらわになる。33:22 そのたましいは滅びの穴に、そのいのちは殺す者たちに近づく。33:23 もし彼のそばに、一人の御使いが、千人に一人の仲介者がいて、その方が彼に代わって彼が誠実であることを告げてくれるなら、33:24 神は彼をあわれんで仰せられる。「彼を救って、滅びの穴に下って行かないようにせよ。わたしは身代金を見出した」と。33:25 その肉は幼子のように新しくされて、彼は青年のころに戻る。33:26 彼は、神に祈ると受け入れられる。彼は歓喜の声をもって御顔を仰ぎ、神はその人の義に報いてくださる。33:27 彼は人々を見つめて言う。「私は罪ある者で、真っ直ぐなことを曲げてきた。しかし私は、当然の報いを受けなかった。33:28 神は、私が滅びの穴に下らないように、私のたましいを贖い出してくださった。私のいのちは光を見ることができる」と。33:29 見よ、このすべてのことを神は行われる。二度も三度も、人に対して。33:30 人のたましいを滅びの穴から引き戻し、いのちの光で照らされる。33:31 ヨブよ、耳を傾けて私に聞け。黙れ。この私が語る。33:32 もし、ことばがあるなら、私に返事をせよ。言え。あなたが正しければ、それを私は喜ぶから。33:33 もし、ことばがないなら、私に聞け。黙れ。私はあなたに知恵を教えよう。   ヨブの3人の友人は、苦難がヨブの罪による神様の懲罰であると解釈しましたが、エリフはヨブの3人の友人とは違う観点から解釈しています。ヨブも神様が自分の祈りに答えてくれないと言いましたが、エリフは神様が苦しみを通してすでに言われたと言います。そして苦しみは滅びるためではなく、救いと回復のためのものであると言います。これが論争で言えるもう一つの場合の数なのか、エリフが体験した苦痛の神学なのかは分かりません。   ただし、エリフの視点は、これまでの友達の退屈な言語に比べれば、新鮮で説得力があります。だからといって、ヨブの友人たちの解釈が全面的に間違っているとは言えません。罪に対する罰、間違った生き方に対する責任というのは、確かにあるからです。ある人は間違った生き方をして、エリフのいわゆる義の苦しみに甘え、自分の不義と罪を合理化する卑怯を犯すことがありますし、ある人は病気や苦痛が神様の呪いと思い、自責し、諦めることがあるかもしれません。   しかし、すべての状況がそれぞれ異なり、その状況の解釈なしに一概に一般化することはできません。懲罰なら悔い改めなければならず、練られることであれば忍耐べきです。そしてそれが簡単に分離できる状態ではなく混ざっているかもしれません。啓示は神様がなされ、解釈は人がします。みことばだけを解釈するのではなく、状況をも解釈しなければなりません。みことばだけ従うのではなく、状況にも従わなければなりません。解釈というのは、理論に従うのではなく、自分を無にして客観化するときに可能になります。   私たちは、誰かが自分に言い間違えたことについては深く考え、拡大解釈しますが、神様によって置かれた状況については、なかなか解釈しようとしません。しかし、何事にも解釈せずに知ることはできません。みことばが私の前にあり、アンテナを神様に向けていなければなりません。神様はあらゆることを通して私に語られ、私は絶えず神様のメッセージを解釈するのです。

욥기 QT51 211213월【하나님을 해석하기】욥기 33장 14~33

욥기 33장 14~3333:14 사람은 무관히 여겨도 하나님은 한번 말씀하시고 다시 말씀하시되33:15 사람이 침상에서 졸며 깊이 잠들 때에나 꿈에나 밤의 이상 중에33:16 사람의 귀를 여시고 인치듯 교훈하시나니33:17 이는 사람으로 그 꾀를 버리게 하려 하심이며 사람에게 교만을 막으려 하심이라33:18 그는 사람의 혼으로 구덩이에 빠지지 않게 하시며 그 생명으로 칼에 멸망치 않게 하시느니라33:19 혹시는 사람이 병상의 고통과 뼈가…

ヨブ記 QT50 211211土【生産的な対話のための原則】ヨブ記 32章 11~22

ヨブ記 32章 11~22 32:11 今まで私はあなたがたの言うことに期待し、あなたがたの意見に耳を傾けていた。あなたがたがことばを探している間、 32:12 私はあなたがたに細心の注意を払っていた。しかし、あなたがたのうちには、ヨブを叱責する者も、彼のことばに答える者もいなかった。 32:13 だが、おそらくあなたがたは言うだろう。「私たちは知恵を見出した。人ではなく、神が彼を吹き払ったのだ」と。 32:14 彼はまだ私に向かって、ことばを並べ立ててはいない。私はあなたがたのような言い方では彼に答えることはしない。 32:15 彼らは意気をそがれて、もう答えない。彼らの言うことばもなくなった。 32:16 彼らが話さず、じっと立って答えないからといって、私は待っていなければならないのか。 32:17 私は私で自分の言い分を返し、私も自分の意見を述べよう。 32:18 私にはことばがあふれていて、内なる霊が私を圧迫しているからだ。 32:19 今、私の腹は抜け口のないぶどう酒のよう。新しい皮袋のように、張り裂けようとしている。 32:20 私は話して、気分を晴らしたい。唇を開いて答えたい。 32:21 私はだれも、えこひいきしない。どんな人にも、へつらったりしない。 32:22 私はへつらうことを知らないし、そんなことをすれば、私を造った方は、すぐにでも私を取り去ってしまわれるだろう。 エリフは、ヨブとヨブの友人たちの両方を批判しながら、新しい仲裁的視点から語っていますが、彼の言葉は正解になり得ません。エリフにも自信に満ちた高ぶりが見えますし、彼はすでに興奮し感情的になっています。エリフの怒りは自分の正当性を弁護するための心理だろうと思いますが、討論や論争で怒ることは信頼を失う損害の結果を生みます。 意見が対立すると、人間の脳は攻撃されていると認識するといいます。だから、その攻撃を取り戻しながら相手を非難し、関係の葛藤を深めることが多くあります。意見の対立によって発生する葛藤はもちろん嬉しくもなく面倒なことですが、それが決して悪いことではありません。これを受け入れることが大切です。葛藤がないというのは、意見対立がないか、もしくは一方的であるということなので、瞬間的には集中力を持つことができても、長期的には組織や共同体の体質をむしろ弱めることになります。他の意見が自分を攻撃しているという知的の被害意識から解放されなければ、健康な議論に臨むことはできません。イギリスの組織文化コンサルタントであるイアン・レスリーの『他の意見(Conflicted)』で語る「生産的な対話のための原則」を紹介します。 1. 信頼を作ってください。意見対立の内容を扱う前に、まず信頼関係を築いてください。 2. 絆をつくってください。相手を操縦しようとしないでください。 3. 相手のメンツを立ててください。相手が気持ちよく感じられるように努力してください。 4. まず、自分の変なところを見てください。意見対立の裏には、お互いに見知らぬ文化の衝突があります。自分が正常だと思ってはいけません。 5. 好奇心を持ってください。判断が先にあると、学べません。勝てようとしないで興味を持ってください。相手にも興味深い存在になってください。 6. 間違いを機会にしてください。素早く心から謝罪するならば、間違いは肯定的なきっかけになります。謙虚な姿を見せれば、会話はスムーズになります。 7. 台本から抜け出てください。敵対的な議論は予測可能なパターンに閉じ込められます。新しさと変奏が必要です。意外な驚きを与えてください。 8.制約条件を共有してください。規則と範囲があるとき、むしろ自分の考えをよく表現することができます。ルールが自由を与えます。 9.目的なしで怒らないでください。確かな理論で武装しても感情に完璧に備えることはできません。最も大きい敵は自分です。 出典:イアン・レスリーの『他の意見(Conflicted)』に関するウェブサイト

욥기 QT50 211211토【생산적인 대화를 위한 원칙】욥기 32장 11~22

욥기 32장 11~2232:11 내가 당신들의 말을 기다렸고 당신들이 할 말을 합당하도록 하여보는 동안에 그 변론에 내 귀를 기울였더니32:12 자세히 들은즉 당신들 가운데 욥을 꺾어 그 말을 대답하는 자가 없도다32:13 당신들이 혹시라도 말하기를 우리가 지혜를 깨달았었구나 그를 이길 자는 하나님이시요 사람이 아니라 하지 말지니라32:14 그가 내게 말을 내지 아니하였으니 나도 당신들의 말처럼 그에게 대답지 아니하리라32:15 그들이…

ヨブ記 QT49 211210金【観点の喚起】ヨブ記 32章 1~10

ヨブ記 32章 1~1032:1 この三人はヨブに答えるのをやめた。ヨブが自分を正しいと思っていたからである。32:2 すると、ラム族のブズ人、バラクエルの子エリフが怒りを燃やした。彼は、ヨブが神よりも自分自身のほうを義としたので、ヨブに向かって怒りを燃やしたのである。32:3 彼はまた、その三人の友に向かっても怒りを燃やした。彼らがヨブを不義に定めながら、言い返せなかったからである。32:4 エリフは、彼らが自分よりも年長だったので、ヨブに語りかける時を待っていた。32:5 エリフは三人の者の口に答えがないのを見て、怒りを燃やした。32:6 ブズ人、バラクエルの子エリフは答えて言った。私は年が若く、あなたがたは年をとっている。だから私はわきに控え、遠慮してあなたがたに私の意見を述べなかった。32:7 私は思った。「日を重ねた者が語り、年の多い者が知恵を教えるのだ」と。32:8 確かに、人の中には霊があり、全能者の息が人に悟りを与える。32:9 だが、年長者が知恵深いわけではない。老人が道理をわきまえているわけでもない。32:10 だから私は言う。「私の言うことを聞いてくれ。私も自分の意見を述べよう。」   ヨブの友人は不寛容で独断的な教条主義者であり,自分の固まった視点以外には考えられない人でした。これを教えることはできません。聞く耳、学ぶ器を持っていないからです。耳で聞いても頭に入りません。ヨブ記の黙想でヨブの3人の友人が、考えずに、耳で聞いたことを口で言うといいましたが、自分が考え、自分の言語で編集するならば、考え方と言葉は変わってくるはずです。自分の言葉にしてそれを使うことでなければ、耳に聞こえたことを口に移すだけです。その中には命がありません。ヨブも負けないし、友人たちはそのようなヨブに両手上げ、議論は止まりました。   そのような状況で、エリフが登場します。エリフがどこでどのようにこの会話を聞いていたのかは分かりませんが,エリフは年上であるヨブと友人たちの議論を見て失望し,ヨブと友人たちの会話に説得力がなかったことを批判しながら立ち上がります。彼は、ヨブとヨブの友人とは異なり、視点を動かしながら出来事を観察しています。エリフがどんな会話を続けるのかは、今後読んでいきたいと思いますが、固まった視点から別の視点に移動できることはいいところであります。長時間を傾聴したことについてもエリフを高く評価し、議論の小康のタイミングを起き上がり、自分の意見を開陳することにもいいところだと思います。考えない人は、批判意識を持つことができず、質問も勇気を出すこともできないからです。    

욥기 QT49 211210금【관점의 환기】욥기 32장 1~10

욥기 32장 1~1032:1 욥이 스스로 의롭게 여기므로 그 세 사람의 대답이 그치매32:2 람 족속 부스 사람 바라겔의 아들 엘리후가 노를 발하니 그가 욥에게 노를 발함은 욥이 하나님보다 자기가 의롭다 함이요32:3 또 세 친구에게 노를 발함은 그들이 능히 대답지는 못하여도 욥을 정죄함이라32:4 엘리후가 그들의 나이 자기보다 많으므로 욥에게 말하기를 참고 있다가32:5 세 사람의 입에 대답이 없음을…

Ⅱテモテ QT8 211209木【パウロの外套】Ⅱテモテ 4章 9~22

Ⅱテモテ 4章 9~224:9 あなたは、何とかして早く私のところに来てください。4:10 デマスは今の世を愛し、私を見捨ててテサロニケに行ってしまいました。また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマティアに行きました。4:11 ルカだけが私とともにいます。マルコを伴って、一緒に来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。4:12 私はティキコをエペソに遣わしました。4:13 あなたが来るとき、トロアスでカルポのところに置いてきた外套を持って来てください。また書物、特に羊皮紙の物を持って来てください。4:14 銅細工人のアレクサンドロが私をひどく苦しめました。その行いに応じて、主が彼に報いられます。4:15 あなたも彼を警戒しなさい。彼は私たちのことばに激しく逆らったからです。4:16 私の最初の弁明の際、だれも私を支持してくれず、みな私を見捨ててしまいました。どうか、その責任を彼らが負わせられることがありませんように。4:17 しかし、主は私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。こうして私は獅子の口から救い出されたのです。4:18 主は私を、どんな悪しきわざからも救い出し、無事、天にある御国に入れてくださいます。主に栄光が世々限りなくありますように。アーメン。4:19 プリスカとアキラによろしく。また、オネシポロの家族によろしく。4:20 エラストはコリントにとどまり、病気のトロフィモはミレトスに残して来ました。4:21 何とかして冬になる前に来てください。ユブロ、プデス、リノス、クラウディア、そしてすべての兄弟たちが、あなたによろしくと言っています。4:22 主があなたの霊とともにいてくださいますように。恵みがあなたがたとともにありますように。   本文では、パウロは二度にわたってテモテにローマに来るようにと求めています。緊急で切実な願いに見えます。パウロはテモテにトロアスに置いてきた自分の外套を持って来るように頼みました。寒いローマの地下牢屋にいたパウロに冬服がなかったからです。   テモテはエペソにいたのでローマまでは長い道のりです。しかも、外套はトロアスにありました。エペソから北に200キロ離れたトロアスは、ローマへの経由地ではありません。トロアスで外套をとって船便でエーゲ海を抜け、コリントを回り、270度巡ってからローマに行かなければなりません。何ヶ月かかるかわからない旅でした。     パウロはテモテが到着するまで湿った地下の牢屋の寒さに震えなければなりませんでした。しかし、テモテが着く前にパウロを斬首されたようです。パウロは息子のようなテモテに会えませんでした。テモテは、遺品となったパウロの外套を持ってエペソに戻りました。残された外套がどれほど悲しかッタことでしょうか。   外套もなく震えたパウロに死はとても悲しいことですが、パウロがそのような死に方をしたのは、イエス様に従った生き方をしたからです。イエス様は上着はもちろん下着まで剥がれ、上着は引き裂かれ、軍兵が分けました。パウロはイエス・キリストを愛していたので、パウロ自身も外套のない地下の牢屋で人生を終え、伝道者の生き方を全うしたのです。