다니엘 QT17 20201203목【예배의 회복】다니엘 8장1~14

다니엘 8:1~148:1 나 다니엘에게 처음에 나타난 이상 후 벨사살 왕 삼년에 다시 이상이 나타나니라8:2 내가 이상을 보았는데 내가 그것을 볼 때에 내 몸은 엘람도 수산성에 있었고 내가 이상을 보기는 을래 강변에서니라8:3 내가 눈을 들어본즉 강 가에 두 뿔 가진 수양이 섰는데 그 두 뿔이 다 길어도 한 뿔은 다른 뿔보다도 길었고 그 긴 것은 나중에…

ダニエル QT16 20201202水【国々が仕える神の国】ダニエル7章15-28

ダニエル7章15-2815 私ダニエルの心は私のうちで悩み、頭に浮かんだ幻は私をおびえさせた。16 私は、傍らに立っていた者たちの一人に近づき、このことすべてについて、彼に願って確かめようとした。すると彼は私に答えて、そのことの意味を告げてくれた。17 『これら四頭の大きな獣は、地から起こる四人の王である。18 しかし、いと高き方の聖徒たちが国を受け継ぎ、その国を永遠に、世々限りなく保つ。』19 それから私は、第四の獣について確かめたいと思った。それは、ほかのすべての獣と異なっていて、非常に恐ろしく、牙は鉄、爪は青銅で、食らってはかみ砕いて、残りを足で踏みつけていた。20 その頭には十本の角があり、もう一本の角が出て来て、そのために三本の角が抜け落ちた。その角には目があり、大言壮語する口があった。その角はほかの角よりも大きく見えた。21 私が見ていると、その角は聖徒たちに戦いを挑み、彼らに打ち勝った。22 しかしそれは『年を経た方』が来られるまでのことであり、いと高き方の聖徒たちのためにさばきが行われ、聖徒たちが国を受け継ぐ時期が来た。23 彼はこう言った。『第四の獣は地に起こる第四の国。これは、ほかのすべての国と異なり、全土を食い尽くし、これを踏みつけ、かみ砕く。24 十本の角は、この国から立つ十人の王。彼らの後に、もう一人の王が立つ。彼は先の者たちと異なり、三人の王を打ち倒す。25 いと高き方に逆らうことばを吐き、いと高き方の聖徒たちを悩ます。彼は時と法則を変えようとする。聖徒たちは、一時と二時と半時の間、彼の手に委ねられる。26 しかし、さばきが始まり、彼の主権は奪われて、彼は完全に絶やされ、滅ぼされる。27 国と、主権と、天下の国々の権威は、いと高き方の聖徒である民に与えられる。その御国は永遠の国。すべての主権は彼らに仕え、服従する。』28 ここでこの話は終わる。私ダニエルは、いろいろと思い巡らして動揺し、顔色が変わった。しかし、私はこのことを心にとどめた。」   ネブカドネツァルが見た鉄の脚とダニエルが見た十本の角の獣はローマ帝国を象徴します。ローマのアウグストゥス皇帝以降、1世紀と2世紀を経て、約200年の間平和を謳歌した時代をラテン語でパクス・ロマーナ(Pax Romana)と呼びます。パクスは、ローマ神話に出てくる平和の女神の名前です。英語のピース(Peace)の語源になります。   しかし、平和といってもこの時期に戦争がなかったわけではありません。ローマの支配を受け入れた忠実な人に何も起こらなかったという意味では平和といえるかもしれませんが、支配を受けなければならなかった植民地の民衆においてパクスロマーナは帝国主義の暴力と搾取の二つの顔がありました。   自分たちの権利とアイデンティティを取り戻すための反乱は、常に起こりました。ローマは片手でそれを殺し、片手で服従する者に与える制限的な平和を言いました。不当であっても抵抗せずにじっとしていることで得られる平和です。強者の笑顔から弱者は平和を享受することができません。   パクスはラテン語ですが、後に歴史の中で覇権を握ったすべての者にパクスという名前をつけました。力と平和を同一視し、「私は力があるから、あなたは私にに服従しなさい」ということが覇権的平和です。   韓国教会の成長が頂点であった2000年代初、留学生の集会のコスタに出席したときの講師であったキリスト教大学の著名な学者の講義を聞きました。彼は「パクス・コリアナ」という言葉を言いました。つまり韓国教会の力で世界宣教をしようという話で、当時留学していたキリスト教青年たちの心は熱くなりました。   情熱に満ちた韓国の教会は世界各地に宣教師を派遣しました。しかし、パクス・ロマーナの歴史を理解すると福音宣教において「パクス+国名」という表現は誤解を招きます。もし今までの韓国教会の宣教に反省があるとしたら、宣教地への理解の欠如と韓国教会による強引な移植、言い換えれば間違った方法論によって発生した現地との葛藤です。   韓国という土壌では、弟子訓練という名前の集団教育は量的成長を遂げましたが、教会と信徒の生き方は未だに弟子とは何なのかを定義することができません。   当然の結果として、韓国の宣教師たちの疲労も「無理な韓国式」という非難と反対でした。韓国は韓国の時代に韓国人​​の方法で教会を建てました。そして、それはまだ不完全なものであり、より成熟したところへ導かければならない過程に置かれています。   韓国教会が標準的なモデルになるのではありません。ただ歴史における一つの事例になります。ですから宣教に覇権的動機を与えるというのは危険です。宣教は、領土とイデオロギーの問題ではありません。福音は多様性と普遍性が共存します。教会が政治的右派と左派の分かれることも未熟の産物です。   クリスチャン宣教においてはローカルとグローバルも同じ言葉です。地の果てまで歩いてみると、自分の席に戻ります。神の国は、人を支配する力でもイデオロギーでもありません。   キリストは、ローマの被支配民のユダヤ人として生まれ、死刑囚になり、十字架で処刑されました。それがイエス・キリストががローマに勝ち、また罪を打ち勝った方法です。ローマは、イエス・キリストを殺し、教会を迫害しましたが、そのローマは、イエス・キリストと教会が持っている福音に降伏し、福音を伝える道具になったことを覚えなければなりません。  

다니엘 QT16 20201202수【열국이 섬길 하나님의 나라】다니엘 7장15~28

다니엘 7:15~287:15 나 다니엘이 중심에 근심하며 내 뇌 속에 이상이 나로 번민케 한지라7:16 내가 그 곁에 모신 자 중 하나에게 나아가서 이 모든 일의 진상을 물으매 그가 내게 고하여 그 일의 해석을 알게 하여 가로되7:17 그 네 큰 짐승은 네 왕이라 세상에 일어날 것이로되7:18 지극히 높으신 자의 성도들이 나라를 얻으리니 그 누림이 영원하고 영원하고 영원하리라7:19…

ダニエル QT15 20201201月【ダニエルの夢】ダニエル7章1-14

ダニエル7章1-141 バビロンの王ベルシャツァルの元年に、ダニエルは寝床で、一つの夢、頭に浮かんだ幻を見て、その夢を書きしるし、そのあらましを語った。2 ダニエルは言った。「私が夜、幻を見ていると、突然、天の四方の風が大海をかき立て、3 四頭の大きな獣が海から上がって来た。その四頭はそれぞれ異なっていた。4 第一のものは獅子のようで、鷲の翼をつけていた。見ていると、その翼は抜き取られ、地から起こされ、人間のように二本の足で立たされて、人間の心が与えられた。5 また突然、熊に似たほかの第二の獣が現われた。その獣は横ざまに寝ていて、その口のきばの間には三本の肋骨があった。するとそれに、『起き上がって、多くの肉を食らえ。』との声がかかった。6 この後、見ていると、また突然、ひょうのようなほかの獣が現われた。その背には四つの鳥の翼があり、その獣には四つの頭があった。そしてそれに主権が与えられた。7 その後また、私が夜の幻を見ていると、突然、第四の獣が現われた。それは恐ろしく、ものすごく、非常に強くて、大きな鉄のきばを持っており、食らって、かみ砕いて、その残りを足で踏みつけた。これは前に現われたすべての獣と異なり、十本の角を持っていた。8 私がその角を注意して見ていると、その間から、もう一本の小さな角が出て来たが、その角のために、初めの角のうち三本が引き抜かれた。よく見ると、この角には、人間の目のような目があり、大きなことを語る口があった。9 私が見ていると、幾つかの御座が備えられ、年を経た方が座に着かれた。その衣は雪のように白く、頭の毛は混じりけのない羊の毛のようであった。御座は火の炎、その車輪は燃える火で、10 火の流れがこの方の前から流れ出ていた。幾千のものがこの方に仕え、幾万のものがその前に立っていた。さばく方が座に着き、幾つかの文書が開かれた。11 私は、あの角が語る大きなことばの声がするので、見ていると、そのとき、その獣は殺され、からだはそこなわれて、燃える火に投げ込まれるのを見た。12 残りの獣は、主権を奪われたが、いのちはその時と季節まで延ばされた。13 私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。14 この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。   6章までは歴史的な記述内容でしたが、7章からは象徴的で難解とされる暗黙の記述が続きます。背景は、再びバビロンのベルシャツァルの時代に戻っています。今日の本文の内容は、王の夢ではなく、ダニエルが見た夢です。   ダニエルの夢は、天の四方の風が大海をかき立て、四頭の大きな獣が海から上がって来る様子で、そこから鷲の翼をつけた獅子、三本の肋骨を噛んでいる熊、四つの頭に四つの鳥の翼があるひょう、十本の角を持った獣が出てきます。   これはネブカデネツァルが夢で見た金の像のようなものです。四つの獣は、連続的に起こる帝国を表します。鷲の翼をつけた獅子はネブカデネツァルが見た黄金の頭、三本の肋骨を噛んでいる熊は銀の腕と胸、四つの頭に四つの鳥の翼なあるひょうは銅の太もも、十本の角を持った獣は鉄の足です。   バビロンはメディアとペルシア連合に崩壊し、ペルシアはギリシャに破られ、ギリシャはローマに敗北します。四つの獣は、その時代を生きた人ではなく統治した権力者、世の王の高慢を意味します。   英国の政治家アクトンは「権力は腐敗しやすく、絶対的な権力は絶対的に腐敗する」と言いました。それは、人間に対する冷静な理解であると同時に、人間の絶望でもあります。人間は腐敗する存在です。しかし、聖書の人間観を持っている人に、これは驚きに値しません。私たちは罪を知っているからです。   道徳的な人であっても罪がないわけではありません。はたいてほこりの出ない人はいないということを言うのではありません。人間の中に源泉的に内在する罪は力が与えられるときに活性化します。弱い時に善良な人は多いです。しかし強いときに善良な人になるのは難しいことです。善良なふりをする強い人は大勢いますが、強い者が享受する構造的な悪を放棄する強者はいません。   老夫婦が貧しかった若い頃を思い出し「あの時代は良かった」と言うのは、貧困そのものが良かったからではなく、富と力を追いかけてきた人生を振り返ってみて、初めて失ってしまったものが何なのかがわかったからです。高慢と欲望の罪によって純粋な幸福を見失ってしまったからです。   人間は罪を持っていて、権力はそれを活性化できる最高の条件を提供します。権力者の賄賂、財政の不正、セクハラなどが絶えないのは、彼らに欠陥があるというより、権力と罪の構造がそうさせているのです。ということで権力が腐敗するということは避けられないことです。   悲しいのは、権力を握った人間が堕落し非人間化するのではなく、それを知らずに、その人を信じてあげる無知の故なのです。権力は牽制しなければならないもので、定められた時期に交代しなければなりません。それは剥奪ではなく、かえて権力と権力者を守ることになります。   企業が専門経営者を雇用するとCEOは与えられた権限を持って企業を成長させます。しかし、営業実績がいくら良くても、10年の任期が終わると必ず交代します。実力があって信頼できたとしても交代されます。人は権力の快適な温度で腐敗することを知っているからです。大韓民国は、その歴史的教訓によって5年単任制になっています。それ以上長く大統領の座に着くことはできませんし、もう一度大統領になることもできません。   四つの獣の幻が歴史の中の特定の国の運命を指しているのではないでしょう。罪を活性化して、神様のを善良な秩序に反するこの世の権力の終焉について語っているのです。それは、地上では恨みと虚無になり、神様の前では裁きになります。   富みと力の前に跪いた人間、すなわち腐敗した人間は、悪とともにしばらくの間、世界に君臨しますが、神様はそれを永久に放置されることはなく、再び来られ、正義の主権を持ってすべてを統べ治めます。  

다니엘 QT15 20201201화【다니엘의 꿈】다니엘 7장1~14

다니엘 7:1~147:1 바벨론 왕 벨사살 원년에 다니엘이 그 침상에서 꿈을 꾸며 뇌 속으로 이상을 받고 그 꿈을 기록하며 그 일의 대략을 진술하니라7:2 다니엘이 진술하여 가로되 내가 밤에 이상을 보았는데 하늘의 네바람이 큰 바다로 몰려 불더니7:3 큰 짐승 넷이 바다에서 나왔는데 그 모양이 각각 다르니7:4 첫째는 사자와 같은데 독수리의 날개가 있더니 내가 볼 사이에 그 날개가…

ダニエル QT14 20201130月【獅子の穴に投げ込まれたダニエル】ダニエル6章15-28

ダニエル6章15-2815 そのとき、あの者たちは申し合わせて王のもとに来て言った。「王よ。王が制定したどんな禁令も法令も、決して変更されることはない、ということが、メディヤやペルシヤの法律であることをご承知ください。」16 そこで、王が命令を出すと、ダニエルは連れ出され、獅子の穴に投げ込まれた。王はダニエルに話しかけて言った。「あなたがいつも仕えている神が、あなたをお救いになるように。」17 一つの石が運ばれて来て、その穴の口に置かれた。王は王自身の印と貴人たちの印でそれを封印し、ダニエルについての処置が変えられないようにした。18 こうして王は宮殿に帰り、一晩中断食をして、食事を持って来させなかった。また、眠けも催さなかった。19 王は夜明けに日が輝き出すとすぐ、獅子の穴へ急いで行った。20 その穴に近づくと、王は悲痛な声でダニエルに呼びかけ、ダニエルに言った。「生ける神のしもべダニエル。あなたがいつも仕えている神は、あなたを獅子から救うことができたか。」21 すると、ダニエルは王に答えた。「王さま。永遠に生きられますように。22 私の神は御使いを送り、獅子の口をふさいでくださったので、獅子は私に何の害も加えませんでした。それは私に罪のないことが神の前に認められたからです。王よ。私はあなたにも、何も悪いことをしていません。」23 そこで王は非常に喜び、ダニエルをその穴から出せと命じた。ダニエルは穴から出されたが、彼に何の傷も認められなかった。彼が神に信頼していたからである。24 王が命じたので、ダニエルを訴えた者たちは、その妻子とともに捕えられ、獅子の穴に投げ込まれた。彼らが穴の底に落ちないうちに、獅子は彼らをわがものにして、その骨をことごとくかみ砕いてしまった。25 そのとき、ダリヨス王は、全土に住むすべての諸民、諸国、諸国語の者たちに次のように書き送った。「あなたがたに平安が豊かにあるように。26 私は命令する。私の支配する国においてはどこででも、ダニエルの神の前に震え、おののけ。この方こそ生ける神。永遠に堅く立つ方。その国は滅びることなく、その主権はいつまでも続く。27 この方は人を救って解放し、天においても、地においてもしるしと奇蹟を行ない、獅子の力からダニエルを救い出された。」28 このダニエルは、ダリヨスの治世とペルシア人クロスの治世に栄えた。   バビロンの最後の王ベルシャツァルは宴会で飲み食いした後、死にました。メディアとペルシア軍は二日酔いにもうろうとしているバビロンを占領しました。時代が変わり、政権が変わりましたが、メディアのダリウス王はダニエルをそのまま大臣に置きました。   ダリウスは120人の地方行政官を派遣し、それを総括する3人の大臣を立てましたが、ダニエルがその大臣の一人でした。 6章2節で、「王が損害を受けないようにした」とあるように、効果的な植民地統治のために被支配民のリーダーシップを維持していたようです。   ところが、人は経験してみれば分かります。昨日のQTの本文の始まりに、「ダニエルは、他の大臣や太守よりも、きわだってすぐれていた。彼のうちにすぐれた霊が宿っていたからである(6:3)」とありました。王はダニエルの優れたことに気付いたのです。韓国語訳ではダニエルの心は素早いからと訳しています。それはダニエルの人生が大きく影響していたことでしょう。   ダニエルは、他の人よりも先に考え、物事を丁寧かつ迅速にしなけらばなりませんでした。ユダ出身のダニエルがバビロンという主流社会で生存するために身につけた性質でした。ダニエルは王の心と必要を敏感にキャッチし、推進力をもってそれを実行する人でした。   幼少期から苦労した人は、他人の顔色を良くうかがいますし、そうでない人よりも社交性が優れています。人の心を素早く把握し、雰囲気や空気を読み取ることのできる、敏捷(びんしょう)性があります。   子どもが自信を持つことができるように育てることも大事ですが、それ以上に神様と人の顔色や心をうかがうことができるように育てることが大切です。どの組織もこのような人を重用します。職場の上司は、頭のいい人よりも、自分の手足になってくれる人を評価します。   たとえ尊敬できない上司であっても、神様に仕えるように仕え、親に仕える気持ちで仕えることができるなら、それこそが知恵となります。神様に対して忠誠な人は、職場でも忠誠な人になります。コロサイ3章「23何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい」というみことばに倣ったモデルが、まさにダニエルです。   ということで、王はダニエルに全権を委任し、総理を任せようとしました。ここでバビロンの時と同じような政治的牽制に直面します。ダニエルはまだ非主流だからです。ユダヤ人は、カルデヤ人に支配され、カルデヤ人はメディア人に支配されました。ダニエルはユダヤ人です。メディア人がいなくなってしまった少数民族のユダヤ人を上司にして仕えたくないのは当然です。   ダニエルの信仰をよく知っている政敵たちは、ダニエルの信仰を用いて作戦を立てます。王権を強化するふりをしながら、ダニエルの信仰を反逆行為に追い込む作戦でした。30日間、王に特別な敬拝をし、王ではない他の神に礼拝するものがいれば、獅子の穴に入れるとの提案です。   王がこの忠誠を拒否するわけありません。ただし、王が間違えたのは、ダニエルを考慮しなかったことです。彼らは王権を強化する目的ではなく、ただダニエルを除去するための目的だったからです。王が彼らにだまされました。   ダニエルは、それが政治的罠であることを知っていましたが、日常の礼拝を止めることができませんでした。ダニエルは告発され、獅子の穴に投げ込まれます。王が命令した以上、大臣であっても免責されることはできない、王の命令は王自身を取り止めることができないからです。   ダニエルを溺愛する王は落ち着きを隠せません。 「1こうして王は宮殿に帰り、一晩中断食をして、食事を持って来させなかった。また、眠けも催さなかった。王は夜明けに日が輝き出すとすぐ、獅子の穴へ急いで行った。その穴に近づくと、王は悲痛な声でダニエルに呼びかけ、ダニエルに言った。生ける神のしもべダニエル。あなたがいつも仕えている神は、あなたを獅子から救うことができたか。」   自分が仕えるリーダーに、このような評価と愛を受けることができる人であれば、幸せな人です。それは上司の評価ではなく、神様の評価です。ヨセフとダニエルの繁栄は、世から分離して神様に仕えたのではなく、神様に仕えるようにと与えられた環境と役割に仕えたからです。   ダニエルは獅子の穴に投げ込まれ、王はダニエルが心配でたまりませんでしたが、穴の中の獅子はダニエルに何の関心もありませんでした。獅子の穴の中で何事もなかったダニエルを引き上げた王は、自分をだました人々をつかまえ、その穴に入れました。彼らの体は地面に着く前に、獅子に飲み込まれ、引き裂かれてしまいました。   ダニエルへが脅威の中でも礼拝したのは重要なポイントですが、神様の礼拝だけでなく、ダニエルは日常の責任と役割についても、忠実な人だったということを覚えなければなりません。ダニエルはバビロンに続いて、メディアとペルシアの時代にわたって、第2人者として生き、その時代に神様を礼拝し、また神様の知恵を語る人でした。    

다니엘 QT14 20201130월【사자 굴에 던져진 다니엘】다니엘 6장15~28

다니엘 6:15~286:15 그 무리들이 또 모여 왕에게로 나아와서 왕께 말씀하되 왕이여 메대와 바사의 규례를 아시거니와 왕의 세우신 금령과 법도는 변개하지 못할 것이니이다6:16 이에 왕이 명하매 다니엘을 끌어다가 사자굴에 던져 넣는지라 왕이 다니엘에게 일러 가로되 너의 항상 섬기는 네 하나님이 너를 구원하시리라 하니라6:17 이에 돌을 굴려다가 굴 아구를 막으매 왕이 어인과 귀인들의 인을 쳐서 봉하였으니 이는…

ダニエル QT13 20201128土【死んでも嫌なこと】ダニエル5章24~6章2

ダニエル5章24~6章224 そのため、神の前から手の先が送られて、この文字が書かれたのです。25 その書かれた文字はこうです。『メネ、メネ、テケル、ウ・パルシン。』26 そのことばの意味はこうです。『メネ』とは、神があなたの治世を数えて終わらせたということです。27 『テケル』とは、あなたが秤で量られて、目方の足りないことが分かったということです。28 『パルシン』とは、あなたの国が分割され、メディアとペルシアに与えられるということです。」29 そこでベルシャツァルは命じて、ダニエルに紫の衣を着せ、金の鎖を首にかけさせ、彼がこの国の第三の権力者であると布告させた。30 その夜、カルデア人の王ベルシャツァルは殺された。31 そして、メディア人ダレイオスが、およそ六十二歳でその国を受け継いだ。1 ダリヨスは、全国に任地を持つ百二十人の太守を任命して国を治めさせるのがよいと思った。2 彼はまた、彼らの上に三人の大臣を置いたが、ダニエルは、そのうちのひとりであった。太守たちはこの三人に報告を出すことにして、王が損害を受けないようにした。   この出来事が起こる時間的な背景というのは、ペルシャのクロスと同盟を結んだメディアのダリウスが率いる軍隊が、すでにバビロンを包囲していた時です。しかし宴会が催されていました。敵に包囲されているときに貴族たちと宮女を動員して、エルサレム神殿の道具に酒を注ぎ、飲み食いをしていた彼らは、自虐や変態行為をしていたと言えるでしょう。   消費することで、自分が富んでいると勘違いすることがあります。だから借金をして、自分にはお金があるという気持ちを保とうとする人がいます。借金に追い込まれた人が債務のストレスのために、また借金をして買い物をするのです。王家で浪費の暮らしを送っていた王は、大規模な宴会を開いて飲み食いをすることで、まだ権力があると自分をだましているのです。   呼び出されたダニエルは、壁の文を読みました。『メネ、メネ、テケル、ウ・パルシン。』言葉の意味だけを見れば、終わらせた、足りない、分割されるという意味です。その上、ダニエルは解釈します。王も足りなさのゆえに統治は終わった。それから分割されるというのは、バビロンが滅び、メディヤとペルシヤの支配を受ける、ということです。   ダニエルは、文を解釈しましたが、それは事実王への懲らしめでした。しかし、王はダニエルに約束どおり国を治める第三の権威を与えました。それはベルシャツァルの父ナボニドゥスは生きていたし、形式的には、父がベルシャツァルを摂政していたからです。だから王家を除ければナンバーワンになるのです。   解釈の言葉を聞いて王の気持ちが良かったはずのないダニエルに補償したのは何故でしょうか。自分が口にした言葉を守る最低限の真意だったかもしれませんが、他方で自分の運命を直感した自虐的堕落の一面だったのかもしれません。なぜなら、ベルシャツァルは、その夜に死ぬからです。歴史的にペルシャとメディアの連合軍がバビロンを陥落させた時は、一度も戦闘をせずに、バビロンに入城したと言われています。ベルシャツァルの堕落はバビロンの自殺行為のようなものです。   ベルシャツァルが悲劇的に終わったのは、すでに22節と23節に記されています。ベルシャツァルはネブカドネツァルに起こったことを知っていながら、それでも悔い改めず、自分を神様よりも高め、愚像を拝んだのです。しかし、未だに王の心がへりくだったという内容はどこにも見当たりません。死ぬことよりも、滅びることよりも、したくないことが自分の現実を認めることではないでしょうか。  

다니엘 QT13 20201128토【죽기보다 싫은 것】다니엘 5장24절~6장2절

다니엘 5:24~6:25:24 이러므로 그의 앞에서 이 손가락이 나와서 이 글을 기록하였나이다 (23절에서 기록을 다 못함)5:25 기록한 글자는 이것이니 곧 메네 메네 데겔 우바르신이라5:26 그 뜻을 해석하건대 메네는 하나님이 이미 왕의 나라의 시대를 세어서 그것을 끝나게 하셨다 함이요5:27 데겔은 왕이 저울에 달려서 부족함이 뵈었다 함이요5:28 베레스는 왕의 나라가 나뉘어서 메대와 바사 사람에게 준바 되었다 함이니이다5:29 이에…

ダニエル QT12 20201127金【試行錯誤の繰り返し】ダニエル5章13~23

ダニエル5章13~2313 そこで、ダニエルが王の前に連れて来られた。王はダニエルに対して言った。「私の父である王がユダから連れて来た、ユダからの捕虜の一人ダニエルとはおまえのことか。14 おまえのうちには神々の霊が宿り、また、おまえのうちに、才気と聡明さとすぐれた知恵があることが分かったと聞いている。15 ところで、私は、知者、呪文師たちを私の前に召し、この文字を読ませて、その意味を私に告げさせようとしたが、彼らはそのことばの意味を示すことができないでいる。16 しかし、おまえは解釈することができ、難問を解くことができると聞いた。今、もしおまえが、その文字を読み、その意味を私に告げることができたなら、おまえに紫の衣を着せて首に金の鎖をかけ、この国の第三の権力を持たせよう。」17 そのとき、ダニエルは王の前で答えた。「贈り物はご自分で取っておき、報酬はほかの人にお与えください。しかし私は、その文字を王のために読み、その意味を告げましょう。18 王よ。いと高き神は、まさしくあなたの父上ネブカドネツァルに、国と偉大さと栄光と威光をお与えになりました。19 神が父上にお与えになった偉大さによって、諸民族、諸国民、諸言語の者たちはことごとく、父上の前に震えおののきました。彼は思いのままに人を殺し、思いのままに人を生かし、思いのままに人を高め、思いのままに人を低くしました。20 こうして彼は、心が高ぶり、霊が頑なになり、高慢にふるまったので、その王座から引きずり降ろされ、栄光を取り上げられました。21 そして、人の中から追い出され、心は獣と等しくなり、野ろばとともに住み、牛のように草を食べることになり、からだは天の露にぬれて、ついにこう知るようになりました。いと高き神が人間の国を支配し、みこころにかなう者をその上にお立てになるのだと。22 その子であるベルシャツァル王よ、あなたはこれらのことをすべて知っていながら、心を低くしませんでした。23 それどころか、天の主に向かって高ぶり、その宮の器を自分の前に持って来させ、あなたと貴族たちとあなたの側室や侍女たちは、それを使ってぶどう酒を飲みました。あなたは、見ることも、聞くことも、知ることもできない銀、金、青銅、鉄、木、石の神々を賛美しました。しかしあなたの息をその手に握り、あなたのすべての道をご自分のものとされる神を、あなたはほめたたえませんでした。   キリスト教の信仰は、神様の御言葉と歴史に起きた事実に基づいています。歴史には、神様が人間と交流し、人間を介して被造世界に介入される啓示の蓄積があるからです。神様の啓示としての歴史的事件は、特定の時代や人にだけ示したことではありません。それを歴史だと認識する限り、誰にでも公開されています。誰を通じて啓示されたのかも重要ではありません。歴史的事実は、すでに神様の啓示として、すべての人に意味を持ちます。   私たちは広い意味での歴史と自分の周りで起こる直接的な事例を通して、神様の啓示を体験することができます。これをテーマにして悩み、考えなければなりまえん。旧約聖書の預言書を読んでみると、預言者らは占い師のような存在ではありませんでした。冷静な宗教改革者たちであり、勇気ある政治評論家であり、国際情勢と外交問題に優れた識見を持つ人々であることがわかります。神様の御言葉の解釈と歴史的洞察がなくては、啓示を解釈することはできないということです。   私たちにおいて情報というのは既に消化できないほど過飽和状態に至っています。どんなに情報が多くても処理能力がなければ意味がありません。ということで最近言われるビッグデータは、情報の量ではなく、分析と洞察を経た情報が提供できる可能性を示しています。量産した情報からパターンと意味を見つけるのです。人々は単なる情報としての知識ではなく、その中にある秩序を見つける知恵を求めているのです。   キリスト教神学においても、個人の敬虔にも、このような歴史的情報を処理することができる霊的な力は必要です。ベルシャツァル王は先代の王が成し遂げた歴史的快挙をよく知っています。バビロンは素晴らしい歴史的成果を達成しました。同時に、その中で起こった栄枯盛衰も目の当たりにしました弱者だけがバビロンに踏みにじられたのではなく、強者も弱者になって滅んでいく様を見たのです。天下のネブカドネツァル王は猛獣のような時代を通じて、神を告白しました。神がネブカドネツァルの生活に介入し、ご自分が歴史の主権者であることを明らかにされた出来事と、ネブカデネザルの告白についても、ベルシャツァルはよく知っていました。   しかし、ベルシャツァルも、ネブカドネツァルが経験した試行錯誤と同じ「まさか病」にかかっています。ネブカドネツァルは回復されましたが、ベルシャツァルは帝国とともに滅びます。見たからといって信じられるのではありません。信じれば見えるのです。愚かな人は、歴史の中で明らかにされた神様の警告を無視します。自分の体をもってすべてを経験しようとします。その愚かさはすなわち高慢です。知ろうともせず、聞こうともせず、意味のない試行錯誤を繰り返し、悔恨の中で生を終えるのです。今、この時代を通じても啓示される神様の御心を敏感に受けとめる年末になることを祈ります。