다니엘 QT12 20201127금【시행착오의 반복】다니엘 5장13~23

다니엘 5:13~235:13 이에 다니엘이 부름을 입어 왕의 앞에 나오매 왕이 다니엘에게 말하여 가로되 네가 우리 부왕이 유다에서 사로잡아 온 유다 자손 중의 그 다니엘이냐5:14 내가 네게 대하여 들은즉 네 안에는 신들의 영이 있으므로 네가 명철과 총명과 비상한 지혜가 있다 하도다5:15 지금 여러 박사와 술객을 내 앞에 불러다가 그들로 이 글을 읽고 그 해석을 내게 알게…

ダニエル QT11 20201126木【現れた神様の言葉】ダニエル5章1~12

ダニエル5章1~121 ベルシャツァル王は、千人の貴族たちのために大宴会を催し、その千人の前でぶどう酒を飲んでいた。2 ベルシャツァルは、酒の勢いに任せて、父ネブカドネツァルがエルサレムの宮から持ち出した金や銀の器を持って来るように命じた。王とその貴族たち、および王の側室たちや侍女たちがその器で飲むためであった。3 そこで、エルサレムの神の宮の本殿から持ち出した金の器が運ばれて来たので、王とその貴族たち、および王の側室たちや侍女たちはその器で飲んだ。4 彼らはぶどう酒を飲み、金、銀、青銅、鉄、木、石の神々を賛美した。5 ちょうどそのとき、人間の手の指が現れ、王の宮殿の塗り壁の、燭台の向こう側のところに何かを書き始めた。王は、何かを書くその手の先を見ていた。6 すると、王の顔色は変わり、いろいろと思い巡らして動揺し、腰の関節はゆるみ、膝はがたがた震えた。7 王は大声で叫び、呪文師、カルデア人、占星術師たちを連れて来させた。王はバビロンの知者たちに言った。「だれでも、この文字を読んでその意味を私に示す者には、紫の衣を着せて首に金の鎖をかけ、この国の第三の権力を持たせる。」8 そのとき王の知者たちがみな入って来たが、彼らは、その文字を読むことも、王にその意味を告げることもできなかった。9 それで、ベルシャツァル王はひどくおびえて、顔色が変わり、貴族たちも途方に暮れた。10 王母は、王とその貴族たちとのやり取りを聞いて、宴会の広間に入って来た。王母は言った。「王よ、永遠に生きられますように。いろいろと思い巡らし動揺してはいけません。顔色を変えてはなりません。11 あなたの王国には、聖なる神の霊の宿る人がいます。あなたの父上の時代、彼のうちに、才気と聡明さと、神々の知恵のような知恵があることが分かりました。あなたの父上であるネブカドネツァル王は、彼を呪法師、呪文師、カルデア人、占星術師たちの長として立てられました。12 王がベルテシャツァルと名づけたダニエルのうちに、夢を解き明かし、謎を解き、難問を解くすぐれた霊と知識と聡明さがあることが分かっていますので、今、ダニエルを召して、その解き明かしをさせましょう。」   ベルシャツァルはネブカドネツァルの孫であり、バビロンの最後の王です。 2節では、ネブカドネツァルがベルシャツァルの父として記されていますが、それは、古代の父というのは先祖という言葉で通用したからです。ベルシャツァルは貴族たちと王の側室たちと侍女たちと一緒に宴会を開いて、エルサレムの神殿から持ってきた金と銀の器物を杯と皿として使いました。すでに国運が傾き始めた時代のたわいのない王は、ネブカドネツァルの権威と栄光を再現しようとしたのです。3節と4節を見ると、その集会の様子はまさに放蕩で、みだらな宗教儀式であったようです。   快楽によって神々を拝んでいた場所に、神様が言葉をもってあらわれます。人の指が現れ、白い壁の上に何かを書き始めました。王はそれを見て恐怖に駆られました。腰の関節はゆるみ、膝はがたがた震えたといいます。王は神様のみことばが臨んだことを恐れましたが、そのみことばの意味は分かりませんでした。解釈してくれる者を探しましたが、これを解く者はいませんでした。それで再びダニエルの解釈が推挙されます。   神様は快楽ではなく、言葉で現れられます。語ることもできない金、銀、青銅、鉄、木、石で作られた神々に拝むときには人間も黙って放蕩と快楽によって拝むことができますが、神様のみことばの顕現は恐れをもたらします。モーセがホレブ山で神様に会った時も、パウロがダマスコで神様に会ったときもそうでした。神様の臨在の前で凍ってしまう状態をヌミノゼと呼びます。動くこともできない恐れの状態です。神様が現れる時、人間が感じる一次的な感情は恐怖です。だから、神様は現れるたびに、神様の民に恐れてはならない、平安があるようという言葉で始まります。しかし神様のみ言葉を恐れる人は、神様の裁きを恐れません。

다니엘 QT11 20201126목【나타난 하나님의 말씀】다니엘 5장1~12

다니엘 5장1~125:1 벨사살왕이 그 귀인 일천명을 위하여 큰 잔치를 배설하고 그 일천명 앞에서 술을 마시니라5:2 벨사살이 술을 마실 때에 명하여 그 부친 느부갓네살이 예루살렘 전에서 취하여 온 금, 은 기명을 가져오게 하였으니 이는 왕과 귀인들과 왕후들과 빈궁들이 다 그것으로 마시려 함이었더라5:3 이에 예루살렘 하나님의 전 성소 중에서 취하여 온 금 기명을 가져오매 왕이 그 귀인들과…

ダニエル QT10 20201125水【王が戻るべきところ】ダニエル4章28~37

ダニエル4章28~3728 このことはみな、ネブカドネツァル王の身に起こった。29 十二か月たって、バビロンにある王の宮殿の屋上を歩きながら、30 王はこう言っていた。「この大バビロンは、王の家とするために、また、私の威光を輝かすために、私が私の権力によって建てたものではないか。」31 このことばがまだ王の口にあるうちに、天から声があった。「ネブカドネツァル王よ、あなたに告げる。国はあなたから取り去られた。32 あなたは人間の中から追い出され、野の獣とともに住み、牛のように草を食べるようになり、こうしてあなたの上を七つの時が過ぎ行き、ついにあなたは、いと高き方が人間の国を支配し、これをみこころにかなう者にお与えになることを知るようになる。」33 このことばは、ただちにネブカドネツァルの上に成就した。彼は人の中から追い出され、牛のように草を食べ、そのからだは天の露にぬれて、ついに、彼の髪の毛は鷲のように、爪は鳥のように伸びた。34 その期間が終わったとき、私ネブカドネツァルは目を上げて天を見た。すると私に理性が戻ってきた。私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた。その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。35 地に住むものはみな、無きものと見なされる。この方は、天の軍勢にも、地に住むものにも、みこころのままに報いる。御手を差し押さえて、「あなたは何をされるのか」と言う者もいない。36 ちょうどそのとき私に理性が戻り、私の王国の栄光のために、私の威光と輝きが私に戻ってきた。私の顧問や貴族たちに求められて、私は王位に戻り、こうして絶大な権威が私に加えられた。37 今、私ネブカドネツァルは、天の王を賛美し、あがめ、ほめたたえる。そのみわざはことごとく真実であり、その道は正義である。また、高ぶって歩む者をへりくだらせることのできる方である。   ネブカドネツァル王は失権し荒野の狂人になります。しかしこれは期限付きの失権であり、7年後には再び王に回復します。だから、これは神様による最終審判としての滅亡ではなく、教育です。ダニエルの夢の解き明かしを聞いネブカドネツァル王が、どのような反応を見せたのかについて本文は何も語っていませんし、彼に心の荷物が無かったとは言えませんが、ただ彼は自分がいま握っている権力をより信頼していたと思います。   ネブカドネツァルの心を一言でいうなら「まさか」です。誰かが死ぬということは知っていますが、その心の中にある率直な感情も「まさか」です。そのまさかを合理化してくれるのが、今日という日が健在していることです。最初の夢の解き明かしを経験し、また三人の友たちの事件にあらわれた神様を目撃しても、権力者ネブカドネツァルの「まさか」は終わりません。   王は2番目の夢の解釈を聞きましたが、変わりません。陶酔というのは、すでに自分のコントロール能力を喪失したことを意味します。自浄ができなければ、神様の教育は、破壊をもって訪れます。結局、1年後に、神様の予告は現実化され、ネブカドネツァルは荒野の獣のような7年間の生活に追い出されます。   7年後、ネブカデネツァルは回復します。その間、王は何を考えたでしょうか?征服者の誇りのもと、多くの人々は権利を失い、失敗と挫折を経験したことでしょう。易地思之(相手の身になって考えること)が何なのかを知りました。王はダニエルから求められた謙虚と慈悲を守ることはしませんでしたが、7年の間に、神様は、権力者を弱い人間に戻して置きました。低くなる時があって謙虚と慈悲に戻ることができたのです。苦労の時間でしたが、自分の座に戻ることができたなら、幸いなことです。   来る日曜礼拝からアドベントに入ります。クリスマス・キャロルが聞こえてくるシーズンです。 『クリスマス・キャロル』の主人公はスクルージ・マクダックです。お金が全てだと思っていた老人の話です。彼はクリスマスの前夜、若い頃同業者であったマリの幽霊に出会います。マリが彼の夢に来たのは、彼が死んでからちょうど7年ぶりのことでした。   スクルージは彼によって、自分の過去と現在と未来の姿を見ます。夢から覚めた朝、スクルージは暖かい人に変わります。クリスマス・キャロルの著者ディケンズは貧困と社会的不公正に対する関心を訴えていた作家です。クリスマス・キャロルは毎年戻ってくる冬に私たちに向けたディケンズのいわば説教です。   陶酔された自分と貪欲な今日をしばらく離れて見ると、感謝の過去を見つけ、将来の真の望みを見つけます。私たちは、未来を準備するという名で貪欲を正当化していますが、明日を備える聖徒にあるべきことは、人間を回復することです。寒くなった朝に神の前の謙虚、隣人への慈悲を祈ります。  

다니엘 QT10 20201125수【왕이 돌아가야 할 자리】다니엘 4장28~37

다니엘 4장28~374:28 이 모든 일이 다 나 느부갓네살 왕에게 임하였느니라4:29 열 두달이 지난 후에 내가 바벨론 궁 지붕에서 거닐새4:30 나 왕이 말하여 가로되 이 큰 바벨론은 내가 능력과 권세로 건설하여 나의 도성을 삼고 이것으로 내 위엄의 영광을 나타낸 것이 아니냐 하였더니4:31 이 말이 오히려 나 왕의 입에 있을 때에 하늘에서 소리가 내려 가로되 느부갓네살 왕아…

ダニエル QT9 20201124火【ダニエルの三つの願い】ダニエル4章19~27

ダニエル4章19~2719 そのとき、ベルテシャツァルと呼ばれていたダニエルは、しばらくの間驚きすくみ、いろいろと思い巡らして動揺した。王は話しかけた。「ベルテシャツァルよ、この夢とその意味のことで動揺することはない。」ベルテシャツァルは答えた。「わが主よ、どうか、この夢があなたを憎む者たちに当てはまり、その意味があなたの敵に当てはまりますように。20 あなたがご覧になった木、すなわち、生長して強くなり、その高さが天に届いて、地のどこからも見え、21 葉が美しく実も豊かで、すべてのものの食べ物があり、その下に野の獣が住み、その枝に空の鳥が宿った木、22 王よ、その木はあなたです。あなたは大きくなって強くなり、あなたの偉大さは増し加わって天に達し、あなたの主権は地の果てにまで及んでいます。23 しかし王は、一人の見張りの者、聖なる者が天から降りて来てこう言うのをご覧になりました。『その木を切り倒して滅ぼせ。ただし、その根株は、鉄と青銅の鎖をかけて、地に、野の若草の中に残せ。彼を天の露にぬれさせて、七つの時がその上を過ぎ行くまで野の獣と青草を分け合うようにせよ。』24 王よ、その意味は次のとおりです。これは、わが主、王に届いた、いと高き方の決定です。25 あなたは人間の中から追い出され、野の獣とともに住み、牛のように草を食べて、天の露にぬれることになります。こうして、あなたの上を七つの時が過ぎ行き、ついにあなたは、いと高き方が人間の国を支配し、これをみこころにかなう者にお与えになることを知るようになります。26 木の根株は残せと命じられていますので、天が支配するということをあなたが知るようになれば、あなたの国はあなたのために堅く立つでしょう。27 それゆえ、王よ、私の勧告を快く受け入れて、正しい行いによってあなたの罪を除き、また貧しい者をあわれんであなたの咎を除いてください。そうすれば、あなたの繁栄は長く続くでしょう。」 イザヤの断食の祈りを読むとき、意外な衝撃を覚えます。断食の祈りの理由が、自分の目的を達成するために駄々をこねているわけではないからです。断食をして祈っているのに、なぜ神様は私の祈りを聞いてくださらないのか、という不満に対して、神様の答えは「わたしの好む断食は、これではないか。悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか。そのとき、暁のようにあなたの光がさしいで、あなたの傷はすみやかにいやされる。あなたの義はあなたの前に進み、主の栄光が、あなたのしんがりとなられる」というものでした。イザヤの58章6-8節です。数日だけ飢えてみても人は人生の悲惨さと無力さを経験します。その貧しい心に感謝を覚え、弱者を振り返ることが断食して祈ることの有益です。   本日の本文が断食の祈りについて語るものではないのにイザヤの58章を思い出したのは、王が失権して牛のように草を食べる日が来るという預言があるからです。ダニエルは王の夢を聞いてから、王に訪れる衝撃的なことに驚き、悶えました。大きな木は、王の大きな力を指していますが、それは偉大ではない高慢の大きさです。木が高くても、空の下の小さな被造物にすぎません。空から降りてきた見張りの者がその木を切って荒野に投げ捨てます。王は逃亡者となって悲惨な日を過ごします。その日に一食のご飯となるが、まさに神様です。今までの必要の供給がいかに大切なものだったのかを知るようになります。   イザヤが伝えた断食する者にあるべき心は、駄々をこねる心ではなく、貧しい心で自分より弱者を振り返る心です。ネブカデネツァル王は恣意的な断食の祈りをしたわけではないですが、飢えなければならない日が来ます。その未来を預言するダニエルは、王に3つのことを求めます。まことの統治者は王ではなく神様であることを認めること、世界が王のものではないので神様の正義を行うこと、そして貧しい者を憐れむことです。 「…天が支配するということをあなたが知るようになれば、あなたの国はあなたのために堅く立つでしょう。それゆえ、王よ、私の勧告を快く受け入れて、正しい行いによってあなたの罪を除き、また貧しい者をあわれんであなたの咎を除いてください。…4:26,27」   自分に酔う征服者は、元のあるべき姿に戻らなければなりません。食べるものがなければ飢えなければならない、飢えれば死ななければならない、という極めて当たり前とも言える人間の姿に戻るのです。王の権力と富は後ほど回復しますが、本当に回復しなければならないのは神様の前に立つ一人の人間です。1年の終わりの時に来ています。力と富は神様から来るということを認め、神様の正義を実践し、弱者を振り返る慈悲を回復するのはネブカデネツァル王だけが求められることではありません。  

다니엘 QT9 20201124화【다니엘의 세 가지 당부】다니엘 4장19~27

다니엘 4:19~274:19 벨드사살이라 이름한 다니엘이 얼마 동안 놀라 벙벙하며 마음이 번민하여 하는지라 왕이 그에게 말하여 이르기를 벨드사살아 너는 이 꿈과 그 해석을 인하여 번민할 것이 아니니라 벨드사살이 대답하여 가로되 내 주여 그 꿈은 왕을 미워하는 자에게 응하기를 원하며 그 해석은 왕의 대적에게 응하기를 원하나이다4:20 왕의 보신 그 나무가 자라서 견고하여지고 그 고는 하늘에 닿았으니 땅…

ダニエル QT8 20201123月【多神論者の証し】ダニエル4章1~18

ダニエル4章1~181 ネブカドネツァル王から、全地に住むすべての民族、国民、言語の者たちへ。あなたがたに平安が豊かにあるように。2 いと高き神が私に行われたしるしと奇跡を知らせることは、私の喜びとするところである。3 そのしるしのなんと偉大なことよ。その奇跡のなんと力強いことよ。その国は永遠にわたる国、その主権は代々限りなく続く。4 私ネブカドネツァルが私の家で心安らかに過ごし、私の宮殿で繁栄を極めていたとき、5 私は一つの夢を見たが、それが私を恐れさせた。私の寝床での、様々な幻想と頭に浮かんだ幻が、私をおびえさせた。6 私は命令を下し、バビロンの知者をみな、私の前に連れて来て、その夢の意味を告げさせようとした。7 呪法師、呪文師、カルデア人、占星術師たちが来たとき、私は彼らにその夢のことを話したが、彼らはその意味を私に告げることができなかった。8 最後にダニエルが私の前に来た。彼の名は私の神の名にちなんでベルテシャツァルと呼ばれ、彼には聖なる神の霊があった。私はその夢を彼に話した。9 「呪法師の長ベルテシャツァルよ、私は、聖なる神の霊がおまえにあり、どんな秘密もおまえには難しくないことを知っている。私の見た夢の幻はこうだ。その意味を言ってもらいたい。10 私の寝床で幻が頭に浮かんだ。私が眺めていると、見よ、地の中央に木があった。それは非常に高かった。11 その木は生長して強くなり、その高さは天に届いて、地の果てのどこからもそれが見えた。12 葉は美しく、実も豊かで、その木にはすべてのものの食べ物があった。その木陰では野の獣が憩い、その枝には空の鳥が住み、すべての肉なるものはそれによって養われた。13 寝床で頭に浮かんだ幻の中で見ていると、見よ、一人の見張りの者、聖なる者が天から降りて来るではないか。14 彼は力強く叫んで、こう言った。『その木を切り倒し、枝を切り払え。その葉を振り落とし、実を投げ散らせ。獣をその下から、鳥をその枝から追い払え。15 ただし、その根株は、鉄と青銅の鎖をかけて、地に、野の若草の中に残せ。天の露にぬれさせて、地の青草を獣と分け合うようにせよ。16 その心を、人間の心から変えて、獣の心をそれに与え、七つの時をその上に過ぎ行かせよ。17 この宣言は見張りの者たちの決定によるもの、この要請は聖なる者たちのことばによるもの。これは、いと高き方が人間の国を支配し、これをみこころにかなう者に与え、また人間の中の最も低い者をその上に立てることを、いのちある者たちが知るためである。』18 私ネブカドネツァル王が見た夢とはこれだ。ベルテシャツァルよ、おまえはその意味を述べよ。私の国の知者たちはだれも、その意味を私に告げることができない。しかし、おまえにはできる。おまえには、聖なる神の霊があるからだ。」   4章はネブカデネツァルの二番目夢の話です。4章、2章と3章の後、かなり時間を過ぎた後のことです。バビロンの征服戦争も終わり、バビロン社会は安定していました。これまで夢の解釈とダニエルの3人の友たちを介して、王はすでに否定することができない、神の力を経験しました。   とはいえ、王が神様への信仰を持つことではありません。神様を見せてくれれば信じると言う人がいますが、神様を経験しても、神を信じることはしません。外部で起こる出来事や現象は、信仰のきっかくを提供することはありますが、信仰は自分の内部から起こることだからです。それは神様の存在について自信がないのではなくてそれを認め、変化すべき自分に対して自信がないからです。ということで経験したにもかかわらず、信じない状態を続きます。   王は権力を持っている人でありますが、言い換えれば、権力という鎖に縛られて自由がない人でもあります。王が神様を経験したのは、いくつかの事件だったかもしれませんが、帝国の宗教政策は、時間と手間をかけて体系的に変えなければなら面倒でかつ危険なことです。これに自信がない場合に「まだよく分からない」と言うことになります。信仰は、人生のありさまを変えるものであってその変化を恐れると、神様は「保留」状態になります。   王は神を経験し、それを自分の口で告白しましたが、バビロンの神、マルドゥクとベルも自分にとって大切な神でした。多神論の中で部分的な神様を認めているのです。人々は神秘があれば、そこに神を付与しますが、神秘な中の神秘は創造の神を知ることであり、救いの神が信じられる神秘です。   本文は王の詔書です。夢を見て、ダニエルがそれを解釈してから1年が経った後に、過去にあったそのことを回顧しながら書いたものです。夢に現れた豊かな木は帝国です。帝国は平安と繁栄していました。これは神によるものです。そして、その木を扱う存在が天から降りてきます。栄えと成功を与える方が神様であるならば、それを制限し、裁く方も神様です。   王は、この夢とその間の時間を過ごして新たに神様がイスラエルのだけの神ではなく、全世界の主であり、全能の神であることを告白します。人生が歩んできた道を振ふり返ってみたとき、神はないと言える人は誰もいません。目を隠しても空はあるように認めなくても、神様はおられます。神様がいないのではなく、神様を信じないだけです。  

다니엘 QT8 20201123월【다신론자의 간증】다니엘 4장1~18

다니엘 4:1~184:1 느부갓네살 왕은 천하에 거하는 백성들과 나라들과 각 방언하는 자에게 조서하노라 원하노니 너희에게 많은 평강이 있을지어다4:2 지극히 높으신 하나님이 내게 행하신 이적과 기사를 내가 알게 하기를 즐겨하노라4:3 크도다 그 이적이여 능하도다 그 기사여 그 나라는 영원한 나라요 그 권병은 대대에 이르리로다4:4 나 느부갓네살이 내 집에 편히 있으며 내 궁에서 평강할 때에4:5 한 꿈을 꾸고…

ダニエル QT7 20201121土【しかし、たとえそうでなくても】ダニエル3章13~23

ダニエル 3章13~23 13 ネブカドネツァルは怒り狂い、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを連れて来るように命じた。それでこの三人は王の前に連れて来られた。14 ネブカドネツァルは彼らに対して言った。「シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴよ。おまえたちは私の神々に仕えず、また私が建てた金の像を拝みもしないというが、本当か。15 今、もしおまえたちが、角笛、二管の笛、竪琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞いたとき、ひれ伏して、私が造った像を拝むなら、それでよい。しかし、もし拝まないなら、おまえたちは、即刻、火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、私の手からおまえたちを救い出せるだろうか。」16 シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは王に答えた。「ネブカドネツァル王よ、このことについて、私たちはお答えする必要はありません。17 もし、そうなれば、私たちが仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ、あなたの手からでも救い出します。18 しかし、たとえそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々には仕えず、あなたが建てた金の像を拝むこともしません。」19 すると、ネブカドネツァルは怒りに満ち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴに対する顔つきが変わった。彼は炉を普通より七倍熱くするように命じた。20 また彼の軍隊の中の特に力の強い者たちに、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを縛って、火の燃える炉に投げ込むように命じた。21 三人は、上着や下着やかぶり物の衣服を着たまま縛られ、火の燃える炉の中に投げ込まれた。22 王の命令が急であり、炉が非常に熱かったので、その炎はシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを持ち上げた者たちを焼き殺した。23 この三人、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは、縛られたままで、火の燃える炉の中に落ちて行った。   金の斧と銀の斧の話は白いひげのお爺さんの話で知られていますが、この物語は本来イソップ寓話として描かれ、白いひげのお爺さんはギリシャ神話のエルメスです。   話に登場する二人の木こりの一人は真実な人で、もう一人はどん欲でずるい人でした。真実な木こりにとっては金の斧と銀の斧より大切なのは、自分が落としてしまった鉄の斧でした。それは不変の真実です。複雑ではありません。欲に縛られなければ、真実というのは単純で大胆なものです。あなたの斧は、金の斧か、銀の斧か、という質問に、私の斧は鉄の斧ですと言うべきです。   私たちは物語の結論を知っています。真実な木こりは真実を守ったゆえに、金の斧と銀の斧、鉄の斧すべてをいただき、どん欲でずるい木こりは自らの企みによって鉄の斧も失ってしまいました。真実が変わことはありませんが、ただ、それを守る人と、自分の利益のために真実を歪曲する人がいるだけです。   高い官職が与えられても、あるいは命が奪われても、真実はいつまでも真実です。真実を守る人であれば、自分が信じている神は金の像ではなく、天地を造られた父なる神であると言います。それは状況に応じて変わることではありません。   シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴはこの危機の中、神様が助けてくださることを信じましたが、たとえそうでなくても、彼らはただ一人の神様に礼拝することを宣言します。真実を真実どおり守ることが信仰告白です。   つまり信仰を守るために命を捨てることではありません。誤解してはいけません。神様は殺す方ではなく、生かす方です。死ぬことで信仰を証明するのではなく、信仰は生きることで実現するものです。決して後者が前者より容易なことではないでしょう。   もちろん信仰を告白するときの状況が危険であったり、困難であったりする場合もあります。しかし、その結果を恐れず、真実を伝えるのです。死ぬほどの勇気があるかどうかが問われているのではなく、何が真実なのかが問われているからです。真実がなくて、勇気を出すことはありません。信じてもないことのために命をかける人はいないからです。   「しかし、たとえそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々には仕えず、あなたが建てた金の像を拝むこともしません。」ダニエルの三人の友だちに命をかけるような特段の勇気や犠牲は描かれていません。彼らは単純かつ大胆でした。金の斧も銀の斧も必要ありません。ただ、鉄の斧を鉄の斧であると言うだけです。「しかし、たとえそうでなくても」変わらない真実、ただお一人の方を礼拝するのです。