Ⅰ列王記 黙想 【主のことばを聞きなさい】 20240529(水) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

Ⅰ列王記 22:13~2822:13 ミカヤを呼びに行った使者はミカヤに告げた。「いいですか。預言者たちは口をそろえて、王に対して良いことを述べています。どうか、あなたも彼らと同じように語り、良いことを述べてください。」22:14 ミカヤは答えた。「主は生きておられる。主が私に告げられることを、そのまま述べよう。」22:15 彼が王のもとに着くと、王は彼に言った。「ミカヤ、われわれはラモテ・ギルアデに戦いに行くべきか。それとも、やめるべきか。」彼は王に答えた。「あなたは攻め上って勝利を得なさい。主は王の手にこれを渡されます。」22:16 王は彼に言った。「私が何度おまえに誓わせたら、おまえは主の名によって真実だけを私に告げるようになるのか。」22:17 彼は答えた。「私は全イスラエルが山々に散らされているのを見た。まるで、羊飼いのいない羊の群れのように。そのとき主はこう言われた。『彼らには主人がいない。彼らをそれぞれ自分の家に無事に帰らせよ。』」22:18 イスラエルの王はヨシャファテに言った。「あなたに言ったではありませんか。彼は私について良いことは預言せず、悪いことばかりを預言すると22:19 ミカヤは言った。「それゆえ、主のことばを聞きなさい。私は主が御座に着き、天の万軍がその右左に立っているのを見ました。22:20 そして、主は言われました。『アハブを惑わして攻め上らせ、ラモテ・ギルアデで倒れさせるのはだれか。』すると、ある者はああしよう、別の者はこうしようと言いました。22:21 ひとりの霊が進み出て、主の前に立ち、『この私が彼を惑わします』と言うと、主は彼に『どのようにやるのか』とお尋ねになりました。22:22 彼は答えました。『私が出て行って、彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります。』主は『きっとあなたは惑わすことができる。出て行って、そのとおりにせよ』と言われました。22:23 今ご覧のとおり、主はここにいるあなたのすべての預言者の口に、偽りを言う霊を授けられました。主はあなたに下るわざわいを告げられたのです。」22:24 ケナアナの子ゼデキヤが近寄って来て、ミカヤの頬を殴りつけて言った。「どのようにして、主の霊が私を離れ、おまえに語ったというのか。」22:25 ミカヤは答えた。「あなたが奥の間に入って身を隠すその日に、あなたは思い知ることになる。」22:26 イスラエルの王は言った。「ミカヤを捕らえよ。町の長アモンと王の子ヨアシュのもとに連れて行き、22:27 王がこう命じたと言え。『この男を獄屋に入れ、私が無事に帰るまで、わずかなパンと、わずかな水だけ与えておけ。』」22:28 ミカヤは言った。「もしも、あなたが無事に戻って来ることがあるなら、主は私によって語られなかったということです。」そして、「すべての民よ、聞きなさい」と言った。   ミカヤがアハブに向かう時、アハブが送った使者がミカヤにすべての預言者が言った通りに、アハブが望んでいる良い方向に言いなさいと要請します。もちろん時には慰めの言葉も、肯定の力も必要ですが、それが預言者が言うことではありません。歓迎される言葉であれ、排斥される言葉であれ、神様の御言葉を伝えることが預言者でなければなりません。それで、ミカヤは神様が自分にくださった言葉だけを伝えると断ります。   ミカヤはアハブに「主のことばを聞きなさい」と言い始めます。聞かなければアハブは死ぬでしょう。ミカヤが伝えた話によると、すべての預言者の口に偽りの霊が入っています。嘘が好きで従う人はいません。偽りを真実と知り、それを信念しして生きているだけです。ゼデキヤが出てきて、ミカヤの頬を殴りつけ、アハブはミカヤを獄に閉じ込めます。   Ⅰ列王記が終わりに近づいています。アハブは邪悪な王ですが、聖書で比重の高い王でもあります。神様は長い間アハブを耐え忍び、預言者を通じてお話しし、機会を与えてきました。しかし、アハブは聞かないことを治すことができず、滅亡の道に進みます。死ぬことがあっても神様の御言葉は聞かないという愚かな人間がいれば、死ぬことがあっても神様の御言葉を伝えなければならない孤独な人間もいます。神様と預言者は生かしたかったのですが、聞こうとしないので死にに行く人を止めることはできませんでした。

열왕기상 묵상 【하나님의 말씀을 들으라】 20240529(수) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

열왕기상 22:13~2822:13 미가야를 부르러 간 사자가 일러 가로되 선지자들의 말이 여출일구하여 왕에게 길하게 하니 청컨대 당신의 말도 저희 중 한 사람의 말처럼 길하게 하소서22:14 미가야가 가로되 여호와의 사심을 가리켜 맹세하노니 여호와께서 내게 말씀하시는 것 곧 그것을 내가 말하리라 하고22:15 이에 왕에게 이르니 왕이 저에게 이르되 미가야야 우리가 길르앗 라못으로 싸우러 가랴 말랴 저가 왕께 이르되…

Ⅰ列王記 黙想 【アハブの宗教】 20240528(火) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師

Ⅰ列王記 22:1~1222:1 アラムとイスラエルの間に戦いがないまま、三年が過ぎた。22:2 しかし、三年目になって、ユダの王ヨシャファテがイスラエルの王のところに下って来ると、22:3 イスラエルの王は自分の家来たちに言った。「おまえたちは、ラモテ・ギルアデがわれわれのものであることをよく知っているではないか。それなのに、われわれはためらっていて、それをアラムの王の手から奪い返していない。」22:4 そして、彼はヨシャファテに言った。「私とともにラモテ・ギルアデに戦いに行ってくれませんか。」ヨシャファテはイスラエルの王に言った。「私とあなたは一つ、私の民とあなたの民は一つ、私の馬とあなたの馬は一つです。」22:5 ヨシャファテはイスラエルの王に言った。「まず、主のことばを伺ってください。」22:6 イスラエルの王は約四百人の預言者を集めて、彼らに尋ねた。「私はラモテ・ギルアデに戦いに行くべきか。それとも、やめるべきか。」彼らは答えた。「あなたは攻め上ってください。主は王様の手にこれを渡されます。」22:7 ヨシャファテは、「ここには、われわれがみこころを求めることのできる主の預言者が、ほかにいないのですか」と言った。22:8 イスラエルの王はヨシャファテに答えた。「ほかにもう一人、主に伺うことのできる者がいます。しかし、私は彼を憎んでいます。彼は私について良いことは預言せず、悪いことばかりを預言するからです。イムラの子ミカヤです。」ヨシャファテは言った。「王よ、そういうふうには言わないでください。」22:9 イスラエルの王は一人の宦官を呼び、「急いでイムラの子ミカヤを連れて来い」と命じた。22:10 イスラエルの王とユダの王ヨシャファテは、それぞれ王服をまとって、サマリアの門の入り口にある打ち場の王の座に着いていた。預言者はみな、彼らの前で預言していた。22:11 ケナアナの子ゼデキヤは、王のために鉄の角を作って言った。「主はこう言われます。『これらの角で、あなたはアラムを突いて、絶ち滅ぼさなければならない。』」22:12 預言者たちはみな、同じように預言した。「あなたはラモテ・ギルアデに攻め上って勝利を得てください。主は王の手にこれを渡されます。」   南ユダのヨシャファテはユダの3大先王の一人です。彼は偶像に陥らず、強いユダを作りました。ヨシャファテは民族主義者だったようで、イスラエルのアハブとアラムとの戦争で軍事協力をしたこともあるが、今朝の本文です。 アハブはアラムに奪われたラモテ・ギルアデの領土を回復するために南ユダと北イスラエルの対アラム連合作戦を提案し、エヨシャファテそれを受諾します。ヨシャファテはアハブに出征の前に先に神様の御声を聞きたいと言いました。これに対し、アハブが預言者400人を集めて神様の御旨を尋ねると、アハブ王が勝つと答えます。ヨシャファテは、アハブと北イスラエルの宗教の根拠のない言い方を理解できなかったはずです。ヨシャファテが不審に思い、他の預言者を求め、ようやくアハブは自分が嫌っていた預言者、ミカヤを呼びます。その間、ゼデキヤという預言者が鉄の角を作ってきて、勝利パフォーマンスをしながらイスラエルの士気を高めます。   これが北イスラエルとアハブの宗教です。聞きたい言葉だけを聞く宗教は、自分が作った偽宗教です。自分の手で揉んで自分が望むままの神を作り、それを信じる宗教です。従順したくない人は、自分で神を作り、それを自分に服従させます。今も多くいます。御言葉から神様を探し求めず、各自が望む神様を作り、自己憐憫の神、自己欲の神を作り出します。御言葉を読んで、その前に自分を立たせず、自分の立場や信念に文脈もない聖書の一部を裏付けます。神様の思いが分からないのは、神様が教えてくださらないからではなく、人間の中に本物と偽物を混ぜておいたからです。自分の価値観や既存の信念と符合する情報だけを受け入れる考え方と態度を「確証バイアス」といいます。聞きたい言葉だけを聞いてその中で自分を洗脳させることです。アハブの預言者400人は良心を偽って嘘をついているのでしょうか?違います。彼らも自ら堅くそう信じています。   確証バイアスは嘘をついているのではなく、自分を洗脳させるのです。このような人は、自分の優越さについて話してくれる人々を探します。そこで自分が聞きたい言葉を聞こうと思い、褒められ、認められるのが好きです。誰かが挨拶でそのような発言でもすれば、ただそれだけを選択的に記憶し、認めたくないということは覚えません。ペンシルベニア州立大学心理学教授のアダム·グラントはこう言います。「確証バイアスというのは、真実を自分の信念に合うように歪曲することであり、批判的な思考というのは、真実に合うように自分の信念を修正することである。真実を見つけることは、自分の頭に入っている思いを確認することではなく、現実で自分の思いを積極的に点検し、受け入れることである。」ミカヤの言葉を嫌っていたアハブは確証バイアスであり、そこに集まった400人も、ゼデキヤという預言者も重症確証バイアスです。キリスト教の信仰ではいつも信仰という言葉があります。その信仰は神様の御言葉を信じることであり、自分の思いを信じることではありません。神様の御言葉を信じるほどに、自分に対しては疑わなければなりません。神様の御言葉がない人がおり、神様の御言葉があるが、それを信じない人がおり、神様の御言葉を信じるが、それによって生きない人がいます。神様の御言葉で自分を解体できる人が信仰の人です。  

열왕기상 묵상 【아합의 종교】 20240528(화) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

열왕기상 22:1~1222:1 아람과 이스라엘 사이에 전쟁이 없이 삼년을 지내었더라22:2 제 삼년에 유다 왕 여호사밧이 이스라엘 왕에게 내려가매22:3 이스라엘 왕이 그 신복에게 이르되 길르앗 라못은 본래 우리의 것인줄을 너희가 알지 못하느냐 우리가 어찌 아람 왕의 손에서 취하지 아니하고 잠잠히 있으리요 하고22:4 여호사밧에게 이르되 당신은 나와 함께 길르앗 라못으로 가서 싸우시겠느뇨 여호사밧이 이스라엘 왕에게 이르되 나는 당신과…

Ⅰ列王記 黙想 【ハアルのイゼベル、イゼベルのアハブ】 20240527(月) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

Ⅰ列王記 21:17~2921:17 そのとき、ティシュベ人エリヤに次のような主のことばがあった。21:18 「さあ、サマリアにいるイスラエルの王アハブに会いに下って行け。今、彼はナボテのぶどう畑を取り上げようと、そこに下って来ている。21:19 彼にこう言え。『主はこう言われる。あなたは人殺しをしたうえに、奪い取ったのか。』また、彼に言え。『主はこう言われる。犬たちがナボテの血をなめた、その場所で、その犬たちがあなたの血をなめる。』」21:20 アハブがエリヤに「おまえは私を見つけたのか、わが敵よ」と言うと、エリヤは答えた。「そうだ。あなたが主の目に悪であることを行うことに身を任せたので、見つけたのだ。21:21 『今わたしは、あなたにわざわいをもたらす。わたしはあなたの子孫を除き去り、イスラエルの中の、アハブに属する小童から奴隷や自由の者に至るまで絶ち滅ぼし、21:22 あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにし、アヒヤの子バアシャの家のようにする。それは、あなたが引き起こしたわたしの怒りのゆえであり、あなたがイスラエルに罪を犯させたためだ。』21:23 また、イゼベルについても主はこう言われる。『犬がイズレエルの領地でイゼベルを食らう。21:24 アハブに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう。』」21:25 アハブのように、自らを裏切って主の目に悪であることを行った者は、だれもいなかった。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたのである。21:26 彼は、主がイスラエル人の前から追い払われたアモリ人がしたのと全く同じように、偶像につき従い、非常に忌まわしいことを行った。21:27 アハブはこれらのことばを聞くとすぐ、自分の外套を裂き、身に粗布をまとって断食をした。彼は粗布をまとって伏し、打ちひしがれて歩いた。21:28 そのとき、ティシュベ人エリヤに次のような主のことばがあった。21:29 「あなたは、アハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間はわざわいを下さない。しかし、彼の子の時代に、彼の家にわざわいを下す。」   聖書には、妻の言うことを聞かなかった人々の話しがあります。ピラトは妻の助言を聞かずに神の子を死に渡し、ナバルは妻のアビガイルの話を聞かなくて死にました。 彼らは妻の言うことを聞いた方がよかったと思います。一方、妻の言うことを聞いて滅びた人もいます。 アダムは善と悪を知る実、一口味わってと言った妻のエバの言うことを聞いて、戻れない川を渡ってしまいました。サムソンはデリラに狂って人生が滅びました。アブラハムとヤコブは妻の話を聞いて妾を囲み、家庭史に困難を経験しました。マルクス·アントニウスはクレオパトラの言うことを聞いて滅び、ルイ16世はマリー·アントワネットのことを聞いて王政が没落します。彼らは妻の言うことを聞かなければよかったでしょう。   一方、合理的に意見がよく統合して成功したケースもあります。ハンナが目に入れても痛くない子、サムエルを神様にささげると言った時、夫のエルカナは妻ハンナの意見を尊重しました。誰が意思決定権を持つかは意味がないようです。男が頭だとか女が首だとか言う必要はありません。家庭の中で男女は階級ではなく、お互いを補完しなければならない最も重要で基礎的な共同体です。互いの足りないものを補って信仰の決定をしなければなりません。私は自分の思い通りにする人間ですが、妻の主張が信仰の理由であると思ったら勝とうとしません。ある家は片方の信仰が弱くなる時、片方が信仰を持ち上げるですが、ある家は片方の弱い信仰さえもを引き下げてしまいます。努力したからといってできることではありません。それぞれが人生で追い求めるものを選び取るだけです。世を追い求めるのに信仰を選択することはありません。   女性か、男性かはや大切ではなく、信仰の方向に決めることが大切です。すべての人がいつも素晴らしい信仰を持ち続けていることではありません。大切な岐路で信仰を持って大切な選択をする人がまさしく信仰の人です。ランチメニューなどには従順でなくてもいいです。食べたいものは自分の判断で選んで食べればいいのです。けれども、人生の方向性については歯を食いしばって従わなければなりません。アナニヤとサッピラは神様と教会を相手に詐欺を共謀して死にました。彼らは神を欺く方向で一致しました。プリスキラとアクラは、宣教に献身することで一致しました。アブラハムとサラもそうでしたし、ヨセフとマリアもそうでした。彼らは常に同じ方向を向いていました。 聖書で最悪の夫婦を挙げるとしたら、アハブとイゼベルです。アハブという悪人にも妙に信仰が映る時があります。しかし、彼はイゼベルを治めることができませんでした。そろそろ責任を取る時間です。昨日の日曜礼拝の説教を思い出します。「罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。創世記4:7」    

열왕기상 묵상 【바알의 이세벨, 이세벨의 아합】 20240527(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

열왕기상 21:17~2921:17 여호와의 말씀이 디셉 사람 엘리야에게 임하여 가라사대21:18 너는 일어나 내려가서 사마리아에 거하는 이스라엘 왕 아합을 만나라 저가 나봇의 포도원을 취하러 그리로 내려 갔나니21:19 너는 저에게 말하여 이르기를 여호와의 말씀이 네가 죽이고 또 빼앗았느냐 하셨다 하고 또 저에게 이르기를 여호와의 말씀이 개들이 나봇의 피를 핥은 곳에서 개들이 네 피 곧 네 몸의 피도 핥으리라…

열왕기상 묵상 【그의 목숨을 대신하고】 20240525(토) 최종석 전도사

열왕기상 20:35-43 20:35 선지자의 무리 중 한 사람이 여호와의 말씀을 그의 친구에게 이르되 너는 나를 치라 하였더니 그 사람이 치기를 싫어하는지라 20:36 그가 그 사람에게 이르되 네가 여호와의 말씀을 듣지 아니하였으니 네가 나를 떠나갈 때에 사자가 너를 죽이리라 그 사람이 그의 곁을 떠나가더니 사자가 그를 만나 죽였더라 20:37 그가 또 다른 사람을 만나 이르되 너는…

I 列王記 【彼のいのちの代わりとなり】 20240525(土) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

I 列王記 20:35-43 20:35 預言者の仲間の一人が、主のことばにしたがって、自分の仲間に「私を打ってくれ」と言った。しかし、その人は彼を打つことを拒んだ。 20:36 そこで彼はその人に言った。「あなたは主の御声に聞き従わなかったので、あなたが私のところから出て行くと、すぐ獅子があなたを殺す。」その人が彼のそばから立ち去ると、獅子がその人を見つけて殺した。 20:37 彼はもう一人の人に会ったので、「私を打ってくれ」と頼んだ。すると、その人は彼を打って傷を負わせた。 20:38 それから、その預言者は行って、道端で王を待っていた。彼は目の上に包帯をして、だれだか分からないようにしていた。 20:39 王が通りかかったとき、彼は王に叫んで言った。「しもべが戦場に出て行くと、ちょうどそこに、ある人が一人の者を連れてやって来て、こう言いました。『この者を見張れ。もし、この者を逃がしでもしたら、この者のいのちの代わりにおまえのいのちを取るか、または、銀一タラントを払わせるぞ。』 20:40 ところが、しもべがあれやこれやしているうちに、その人はいなくなってしまいました。」すると、イスラエルの王は彼に言った。「おまえは、そのとおりにさばかれる。おまえ自身が決めたとおりに。」 20:41 彼は急いで目から包帯を取った。そのとき、イスラエルの王は彼が預言者の一人であることに気づいた。 20:42 彼は王に言った。「主はこう言われる。『わたしが聖絶しようとした者をあなたが逃がしたので、あなたのいのちは彼のいのちの代わりとなり、あなたの民は彼の民の代わりとなる。』」 20:43 イスラエルの王は不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に戻って行き、サマリアに着いた。    イスラエルとアラムの戦争は神様の助けでイスラエルの勝利に終わりました。しかし、同時に神様の助けで始まったこの戦争は、アハブの思い通りに終わることにもなりました。  御言葉がいつも私たちにはっきり教えていることは「代価」に対することです。あることの結果に対して、必ずその代価を払わなければならないという神様の秩序のことです。それは、今日の箇所のアラムとイスラエルの間にも同じでした。  神様が絶滅しようとしたアラムの民をアハブが勝手に逃したことで、神様はその代価をアハブとイスラエルから取ることにしました。これが神様の助けで始まったことを自分の思い通りに終わらせてしまった者の結末でしょう。  私たちにも同じことは起こっています。それは救いについてです。私たちの救いは全的に神様の御恵みで始まりました。そして、その終わりも同じく神様の御恵で終わらなければならないでしょう。  もし、その救いの道を私たちの目に良いと思われ、私たちの心に良いと思われる通りに自ら終わらせようとしてしまうなら、神様は私たちから必ずその代価を取るしかないでしょう。それが神様の秩序であるからです。  しかし、神様の御手から始まったことを、そのまま神様にお任せすれば、それは神様の思い通り、神様の恵みの計画どおりに行われるでしょう。既に私たちのために代価として払われたイエス·キリスト、その方だけにあって、私たちは神様の救いの計画を豊かに享受することができます。https://youtu.be/3Z6jTJeF6RY?si=atAfpAunu1M7f-Qt

I 列王記 【主であることを知らせる方法】 20240524(金) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

I 列王記 20:26-34 20:26 年が改まると、ベン・ハダドはアラム人を召集し、イスラエルと戦うためにアフェクに上って来た。 20:27 一方、イスラエル人も召集され、食糧を受けて、彼らを迎え撃つために出て行った。イスラエル人は彼らと向かい合って、二つの小さなやぎの群れのように陣を敷いたが、アラム人はその地に満ちていた。 20:28 ときに、一人の神の人が近づいて来て、イスラエルの王に言った。「主はこう言われる。『アラム人が、主は山の神であって低地の神ではない、と言っているので、わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主であることを知る。』」 20:29 両軍は互いに向かい合って、七日間、陣を敷いていた。七日目になって戦いに臨んだが、イスラエル人は一日のうちにアラムの歩兵十万人を打ち殺した。 20:30 生き残った者たちはアフェクの町に逃げたが、その生き残った二万七千人の上に城壁が崩れ落ちた。ベン・ハダドは逃げて町に入り、奥の間に入った。 20:31 家来たちは彼に言った。「イスラエルの家の王たちは恵み深い王である、と聞いています。それで、私たちの腰に粗布をまとい、首に縄をかけ、イスラエルの王のもとに出て行かせてください。そうすれば、あなたのいのちを助けてくれるかもしれません。」 20:32 こうして彼らは腰に粗布をまとい、首に縄をかけ、イスラエルの王のもとに行って願った。「あなたのしもべ、ベン・ハダドが『どうか私のいのちを助けてください』と申しています。」するとアハブは言った。「彼はまだ生きているのか。彼は私の兄弟だ。」 20:33 この人々は、これは吉兆だと見て、すぐにそのことばにより事が決まったと思い、「ベン・ハダドはあなたの兄弟です」と言った。王は言った。「行って、彼を連れて来なさい。」ベン・ハダドが王のところに出て来ると、王は彼を戦車に乗せた。 20:34 ベン・ハダドは彼に言った。「私の父が、あなたの父上から奪い取った町々をお返しします。あなたは私の父がサマリアにしたように、ダマスコに市場を設けることもできます。」「では、契約を結んで、あなたを帰そう。」こうして、アハブは彼と契約を結び、彼を去らせた。    神様は私たちがすべてを知ることができない、私たちの想像力を全部使うとしてもそれよりはるかに優れた方です。そのため、私たちが私たちの考えで‘神様はこのような方だ’と言うことは、神様とその能力を制限することに過ぎません。  今日の箇所のベン・ハダドは、自分たちの経験と噂を通して主は山の神であると考え、制限してしまい、それに対する戦略を立てました。しかし、その予想は見事に外れ、戦争に大きく負けてしまいます。  彼らはそこにとどまらず、イスラエルの王について聞いた言葉を通して、アハブをどのように説得するかを考え、戦略を考えます。そして、その方法は見事に当てはまりました。  私たちは時々、私たちの予想通りに流れていくこと、経験を通して学んだことなどを用いて、これからのことにも備えて、予測したりしています。時にはその通り実現される時も、時には失敗し、もう一つの経験を積んでいく時もあります。  しかし、私たちはそのような方法を同じく神を知ることに適用してはいけません。神様は私たちの考えで、私たちの想像で全て計り切れない方であるからです。人のことは人の予想通りに流れていくかもしれませんが、神様のことは神様だけが知ることがてきます。  だとしたら、私たちは一生何も知らないという不安の中で生きていかなければならないのでしょうか。そうではありません. 神様は人々が自らでは知ることができないご自分のことについて、聖書を通して私たちに直接に知らせてくださっています。  私たちの思い通りに神様を、神様のことを予想するのは主は山の神であると言っているアラム人と仕業と同じです。しかし、聖書を通して神様を見て、知っていく時に私たちは何よりも明確に神様のことを知ることができ、何よりも明確に神様の計画を知り、信じることができるでしょう。https://youtu.be/RCudJn-zWJs?si=9X4-rydRJFQTsu-L

열왕기상 묵상 【여호와인 줄을 알리시는 방법】 20240524(금) 최종석 전도사

열왕기상 20:26-34 20:26 해가 바뀌니 벤하닷이 아람 사람을 소집하고 아벡으로 올라와서 이스라엘과 싸우려 하매 20:27 이스라엘 자손도 소집되어 군량을 받고 마주 나가서 그들 앞에 진영을 치니 이스라엘 자손은 두 무리의 적은 염소 떼와 같고 아람 사람은 그 땅에 가득하였더라 20:28 그 때에 하나님의 사람이 이스라엘 왕에게 나아와 말하여 이르되 여호와의 말씀에 아람 사람이 말하기를 여호와는…