요한복음 묵상 【깨어진 옥합, 쏟아진 향유】 20250212(수) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사 (복제)

요한복음 12:1~11 12:1 유월절 엿새 전에 예수께서 베다니에 이르시니 이곳은 예수께서 죽은 자 가운데서 살리신 나사로의 있는 곳이라 12:2 거기서 예수를 위하여 잔치할새 마르다는 일을 보고 나사로는 예수와 함께 앉은자 중에 있더라 12:3 마리아는 지극히 비싼 향유 곧 순전한 나드 한 근을 가져다가 예수의 발에 붓고 자기 머리털로 그의 발을 씻으니 향유 냄새가 집에 가득하더라…

ヨハネによる福音書 黙想 【神を殺す人々】 20250211(火) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師

ヨハネによる福音書 11:45~57 11:45 マリアのところに来ていて、イエスがなさったことを見たユダヤ人の多くが、イエスを信じた。 11:46 しかし、何人かはパリサイ人たちのところに行って、イエスがなさったことを伝えた。 11:47 祭司長たちとパリサイ人たちは最高法院を召集して言った。「われわれは何をしているのか。あの者が多くのしるしを行っているというのに。 11:48 あの者をこのまま放っておけば、すべての人があの者を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も取り上げてしまうだろう。」 11:49 しかし、彼らのうちの一人で、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った。「あなたがたは何も分かっていない。 11:50 一人の人が民に代わって死んで、国民全体が滅びないですむほうが、自分たちにとって得策だということを、考えてもいない。」 11:51 このことは、彼が自分から言ったのではなかった。彼はその年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、 11:52 また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子らを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。 11:53 その日以来、彼らはイエスを殺そうと企んだ。 11:54 そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをせず、そこから荒野に近い地方に去って、エフライムという町に入り、弟子たちとともにそこに滞在された。 11:55 さて、ユダヤ人の過越の祭りが近づいた。多くの人々が、身を清めるため、過越の祭りの前に地方からエルサレムに上って来た。 11:56 彼らはイエスを捜し、宮の中に立って互いに話していた。「どう思うか。あの方は祭りに来られないのだろうか。」 11:57 祭司長たち、パリサイ人たちはイエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は報告するように、という命令を出していた。   今この瞬間にも、神様を嘲り、指をさして非難する人がいるでしょう。たとえ彼らが神様を否定し、侮辱したとしても、神様は決して彼らの悪口によって否定されることも、侮辱されることもありません。その悪行の重みは、ただ彼ら自身の頭上に降りかかるだけです。神様は、人間の邪悪な動機さえも、ご自身の義なる御業のための材料として用いられます。 イエス様の人気と影響力に危機感を抱いた宗教的権力者たちは、イエス様を殺すための陰謀を企て始めました。大祭司が掲げた名目はこうでした。「一人の人が民に代わって死んで、国民全体が滅びないですむほうが、自分たちにとって得策だということを、考えてもいない。11:50」 これは、イエス様の存在が原因でローマがユダヤを敵視するという無理な主張であり、イエス様を殺す正当性を説明するための言葉にすぎません。 しかし、イエス様がいるからといって、ローマがユダヤを憎むことなどあり得ません。これは宗教的権力を維持するための卑劣な陰謀にほかなりません。そして、ここに神様の逆転の御業が見られます。大祭司の言葉は、まるで神様の救いの預言のように響きます。神様を殺そうとする悪意に満ちた殺害計画の言葉が、全人類を救う贖いの預言となったのです。 人間は邪悪ですが、神様はその邪悪さに屈することはありません。人間は神様を侮辱しますが、神様は決して侮辱されません。人間は陰謀を巡らせますが、神様はその陰謀に倒れることはありません。フランスの哲学者ヴォルテールは、キリスト教信仰を嘲笑し、「聖書とキリスト教は間もなく消え去り、私の著作のほうが広く読まれるようになる」と語りました。しかし、彼の死後、彼の家は聖書協会の倉庫となり、聖書がそこから広まっていきました。 神様は、人間の愚かさと邪悪さに決して負けることはありません。ヴォルテールは神様を侮辱しましたが、神様は彼の言葉さえも愛のうちに用いられました。殺害計画の言葉が、福音の宣言となったのです。ユダヤ人は神様を殺そうとしましたが、神様はユダヤ人によって殺されることはありませんでした。ユダヤ人は神様を侮辱しましたが、神様は決して侮辱されませんでした。イエス・キリストを死に追いやったのはユダヤ人ではなく、その邪悪な人間の陰謀や策略をも超えて働かれる神様の愛です。神様の愛は、人間のいかなることにも決して敗北することはありません。

요한복음 묵상 【하나님을 죽이려는 자들】 20250211(화) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

요한복음 11:45~57 11:45 마리아에게 와서 예수의 하신 일을 본 많은 유대인이 저를 믿었으나 11:46 그 중에 어떤 자는 바리새인들에게 가서 예수의 하신 일을 고하니라 11:47 이에 대제사장들과 바리새인들이 공회를 모으고 가로되 이 사람이 많은 표적을 행하니 우리가 어떻게 하겠느냐 11:48 만일 저를 이대로 두면 모든 사람이 저를 믿을 것이요 그리고 로마인들이 와서 우리 땅과 민족을…

요한복음 묵상 【나사로야 나오라】 20250210(월) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

요한복음 11:36~44 11:36 이에 유대인들이 말하되 보라 그를 어떻게 사랑하였는가 하며 11:37 그 중 어떤이는 말하되 소경의 눈을 뜨게 한 이 사람이 그 사람은 죽지 않게 할 수 없었더냐 하더라 11:38 이에 예수께서 다시 속으로 통분히 여기시며 무덤에 가시니 무덤이 굴이라 돌로 막았거늘 11:39 예수께서 가라사대 돌을 옮겨 놓으라 하시니 그 죽은 자의 누이 마르다가…

ヨハネによる福音書 黙想 【ラザロよ、出て来なさい】 20250203(月) 枝川愛の教会 趙鏞吉 牧師 

ヨハネによる福音書 11:36~44 11:36 ユダヤ人たちは言った。「ご覧なさい。どんなにラザロを愛しておられたことか。」 11:37 しかし、彼らのうちのある者たちは、「見えない人の目を開けたこの方も、ラザロが死なないようにすることはできなかったのか」と言った。 11:38 イエスは再び心のうちに憤りを覚えながら、墓に来られた。墓は洞穴で、石が置かれてふさがれていた。 11:39 イエスは言われた。「その石を取りのけなさい。」死んだラザロの姉妹マルタは言った。「主よ、もう臭くなっています。四日になりますから。」 11:40 イエスは彼女に言われた。「信じるなら神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか。」 11:41 そこで、彼らは石を取りのけた。イエスは目を上げて言われた。「父よ、わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。 11:42 あなたはいつでもわたしの願いを聞いてくださると、わたしは知っておりましたが、周りにいる人たちのために、こう申し上げました。あなたがわたしを遣わされたことを、彼らが信じるようになるために。」 11:43 そう言ってから、イエスは大声で叫ばれた。「ラザロよ、出て来なさい。」 11:44 すると、死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたまま出て来た。彼の顔は布で包まれていた。イエスは彼らに言われた。「ほどいてやって、帰らせなさい。」 イエス様がすでに死んだラザロを生き返らせた物語です。イエス様はラザロが亡くなり、四日が過ぎた後に葬儀の場に到着されました。しかし、ラザロの家に到着したイエス様にラザロの命を求める人は誰もいませんでした。誰もイエス様に「癒してください」と願わず、「生き返らせてください」と求めることもありませんでした。ただ、「主よ、もっと早く来てくださっていたなら、彼は死ななかったのに」と、恨みがましく嘆く言葉があるだけでした。人々の悲しみには限りがありませんでしたが、彼らはイエス様の力には限界があると考えていました。 イエス様は、体が腐敗し、自然に還ろうとしていたラザロの前に立たれました。イエス様がその時に到着されたのは、偶然ではなく、意図的なものでした。イエス様は、ラザロが亡くなるまでわざと家に行かず、彼が危篤であった時にも急いで向かわれることなく、時間を遅らせました。それは、イエス様が時間を統制しているのは、信仰において必ず学ばなければならない必修の授業を備えておられたからでした。 イエス様は、障害を持つ人を癒し、死にかけた病人を救い、ナインの町のやもめの息子を生き返らせ、またヤイロの娘をも生き返らせました。しかし、そのたびに人々はそれを「死に打ち勝った出来事」ではなく、「命が少し延びた奇跡」として喜んでいました。しかし、ラザロの場合は異なりました。彼は死後すでに腐敗が始まり、その状態から再び生き返ったのです。これは否定しようのない「復活」でした。死が訪れる前に奇跡を行い、死を未然に防いだのではなく、医学的に明らかな「死」を覆し、復活させた出来事だったのです。 イエス様はマルタに問いかけられました。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。あなたは、このことを信じますか。11:25、26」イエス様は、イエス・キリストを信じる信仰が、死を超えて広がるものであることを教えなければなりませんでした。罪を赦し、死を打ち破る信仰がなければ、信仰は単なる現実的な助けを求める手段にすぎなくなってしまいます。そして今、週の始まりの忙しい月曜日の朝、イエス様は私たちにもう一度問いかけておられます。「わたしはよみがえりです。いのちです。あなたは、このことを信じますか?」

ヨハネの福音書 黙想 【死で終わる病気】 20250208(土) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

ヨハネの福音書 11:1-16 11:1 さて、ある人が病気にかかっていた。ベタニアのラザロである。ベタニアはマリアとその姉妹マルタの村であった。 11:2 このマリアは、主に香油を塗り、自分の髪で主の足をぬぐったマリアで、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。 11:3 姉妹たちは、イエスのところに使いを送って言った。「主よ、ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」 11:4 これを聞いて、イエスは言われた。「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。それによって神の子が栄光を受けることになります。」 11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。 11:6 しかし、イエスはラザロが病んでいると聞いてからも、そのときいた場所に二日とどまられた。 11:7 それからイエスは、「もう一度ユダヤに行こう」と弟子たちに言われた。 11:8 弟子たちはイエスに言った。「先生。ついこの間ユダヤ人たちがあなたを石打ちにしようとしたのに、またそこにおいでになるのですか。」 11:9 イエスは答えられた。「昼間は十二時間あるではありませんか。だれでも昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。 11:10 しかし、夜歩けばつまずきます。その人のうちに光がないからです。」 11:11 イエスはこのように話し、それから弟子たちに言われた。「わたしたちの友ラザロは眠ってしまいました。わたしは彼を起こしに行きます。」 11:12 弟子たちはイエスに言った。「主よ。眠っているのなら、助かるでしょう。」 11:13 イエスは、ラザロの死のことを言われたのだが、彼らは睡眠の意味での眠りを言われたものと思ったのである。 11:14 そこで、イエスは弟子たちに、今度ははっきりと言われた。「ラザロは死にました。 11:15 あなたがたのため、あなたがたが信じるためには、わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。」 11:16 そこで、デドモと呼ばれるトマスが仲間の弟子たちに言った。「私たちも行って、主と一緒に死のうではないか。」    日々発達していき、注目されている科学の中でも、最も注目される分野は医学でしょう。 科学の中には、科学者ではない一般人にとって少し便利になるだけ、気になっていた疑問が解消されることに止まる分野も多い反面、医学はすべての人に適用され、すべての人が必要性を感じる分野であるためです。それなら、なぜ人は医学に必要性を感じているのでしょうか。 それは、そのすべての人に訪れてくる「死」があるためです。    その死を避けようと、少しでもその時を遅らせようと医学は発展し続けてきました。 しかし、そのような発展にもかかわらず、今もなおこの死を完全に解決することはできませんでした。 それはすべての人々が持っている一つの「病気」のためです。    今日の箇所のラザロは病気によって病み、やがて死を迎えました。 実際にイエス様も彼は死んだとをおっしゃっています。 しかし、イエス様はラザロの病気を指して、「死で終わるものではない」と言われました。 彼が死んでしまうことを知っていたにもかかわらず、そのように言われたのです。 イエス様の目線で、その病気はラザロを「完全に」死なせることはできない病気だったのです。    しかし、すべての人が持っている、その存在を完全に死なせることができる病気があります。 それは「罪」という病気です。 その病気はこの世の誰も治せない病気です。 だからこそ、その病気を治せる唯一の存在、イエス様がこの地に来られたのです。    イエス様はこの地に来られて、ただ人々の肉の病気だけを治してくださったのではありません。 人々の本質の中にある罪という病気を治すために、十字架の死と復活という唯一で、確実な処方をしてくださったのです。…

요한복음 묵상 【죽음에 이르는 병】 20250208(토) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

요한복음 11:1-16 11:1 어떤 병자가 있으니 이는 마리아와 그 자매 마르다의 마을 베다니에 사는 나사로라 11:2 이 마리아는 향유를 주께 붓고 머리털로 주의 발을 닦던 자요 병든 나사로는 그의 오라버니더라  11:3 이에 그 누이들이 예수께 사람을 보내어 이르되 주여 보시옵소서 사랑하시는 자가 병들었나이다 하니 11:4 예수께서 들으시고 이르시되 이 병은 죽을 병이 아니라 하나님의 영광을…

ヨハネの福音書 黙想 【冒瀆される神】 20250207(金) 枝川愛の教会 崔種碩 神学生

ヨハネの福音書 10:32-42 10:32 イエスは彼らに答えられた。「わたしは、父から出た多くの良いわざを、あなたがたに示しました。そのうちのどのわざのために、わたしを石打ちにしようとするのですか。」 10:33 ユダヤ人たちはイエスに答えた。「あなたを石打ちにするのは良いわざのためではなく、冒瀆のためだ。あなたは人間でありながら、自分を神としているからだ。」 10:34 イエスは彼らに答えられた。「あなたがたの律法に、『わたしは言った。「おまえたちは神々だ」』と書かれていないでしょうか。 10:35 神のことばを受けた人々を神々と呼んだのなら、聖書が廃棄されることはあり得ないのだから、 10:36 『わたしは神の子である』とわたしが言ったからといって、どうしてあなたがたは、父が聖なる者とし、世に遣わした者について、『神を冒瀆している』と言うのですか。 10:37 もしわたしが、わたしの父のみわざを行っていないのなら、わたしを信じてはなりません。 10:38 しかし、行っているのなら、たとえわたしが信じられなくても、わたしのわざを信じなさい。それは、父がわたしにおられ、わたしも父にいることを、あなたがたが知り、また深く理解するようになるためです。」 10:39 そこで、彼らは再びイエスを捕らえようとしたが、イエスは彼らの手から逃れられた。 10:40 そして、イエスは再びヨルダンの川向こう、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた場所に行き、そこに滞在された。 10:41 多くの人々がイエスのところに来た。彼らは「ヨハネは何もしるしを行わなかったが、この方についてヨハネが話したことはすべて真実であった」と言った。 10:42 そして、その地で多くの人々がイエスを信じた。  世の中の数多くの偶像に仕える宗教と異端カルトの中で、「神性冒瀆」という言葉は、本当に便利で都合いい言葉です。 自分たちの主張に反する者、または自分たちの思い通りに動かない者たちを「神聖冒瀆」という言葉一つで簡単に排除し、追い出すこともできるからです。    当時のユダヤ人の民族信仰であったユダヤ教で「イエス」という存在はあまりにも気に障る者、目の敵のような存在でした。 自分たちが築き上げてきた律法を否定し、むしろ自分たちの解釈とは違うことを教えるまで、さらには自分たちが信じる神を父と呼び、まるで自分が神でもあるように語るまで、このように宗教的な理由でも、政治的な理由でもユダヤ教の指導者たちの立場から見るイエスという存在は必ず排除しなければならない存在でした。 そして、そのための最も直観的で現実的な方法の一つがまさに「神性冒瀆」という罪をかぶせることでした。    しかし、当時のユダヤ人、そしてユダヤ教の指導者たちは知らなかったこと、しかし、聖書の御言葉を受け、読んでいる私たちは知っていることがあります。 それはイエス様がまさに彼らが守ろうとした「神性」そのものである方であるということです。 彼らは「神性冒瀆」という理由でイエス様を排除しようとする「神性冒瀆」をしていたのです。    イエス様の立場から見れば、自分が神性冒瀆をしていると、彼らから自分の神性が冒瀆されていたのです。 神性冒瀆という罪がどれほど重く、大きな罪なのかを知っているユダヤ人たちがイエス様を石打ちで殺そうとしたように、その場でイエス様が彼らを即決審判してもおかしくないです。    しかし、イエス様はそうはしませんでした。 まだご自分の時が満ちていなかったからです。 今されているこの冒瀆よりもはるかに大きい、神様の呪いを受けた者とされる使命がイエス様にはあったためです。 まさに彼らの神性冒瀆の天辺である十字架の事件です。    申命記の御言葉では、木にかかった者は皆、神の呪いを受けた者だと語られています。 そしてユダヤ人の立場で十字架にかかって死んだイエス様は神様の呪いを受けて死んだ罪人になるでしょう。 しかし、その十字架の上でイエス様はこう言われました。 彼らは自分たちのしていることを知らずに行っています、彼らのことを許してくださいと。    イエスはこの地で神性冒瀆をしている彼らを救い、赦すために来られました。 そのすべての冒瀆と冒瀆の代価をご自分で受け取るために来られました。 もっと直接に言えば、自ら冒瀆されるために来られたのです。    私たちは今、この瞬間にも「冒瀆」という罪を犯しているかもしれません。 神を神としないこと、イエス・·キリストを主に認めながらも、まるで自分が主であるように生きていくこと、私たちの考えの中に神様の御業を取り囲んでしまうこと、他にも多くのことで私たちは神様を冒瀆する罪を犯しながら生きています。    イエス様はそのような私たちのためにこの地に来られました。…

요한복음 묵상 【모독 당하는 신성】 20250207(금) 에다가와 사랑의교회 최종석 전도사

요한복음 10:32-42 10:32 예수께서 대답하시되 내가 아버지로 말미암아 여러 가지 선한 일로 너희에게 보였거늘 그 중에 어떤 일로 나를 돌로 치려 하느냐 10:33 유대인들이 대답하되 선한 일로 말미암아 우리가 너를 돌로 치려는 것이 아니라 신성모독으로 인함이니 네가 사람이 되어 자칭 하나님이라 함이로라 10:34 예수께서 이르시되 너희 율법에 기록된 바 내가 너희를 신이라 하였노라 하지 아니하였느냐…

요한복음 묵상 【존재는 관계 속에서 성립한다】 20250206(목) 에다가와 사랑의교회 조용길 목사

요한복음 10:22~31 10:22 예루살렘에 수전절이 이르니 때는 겨울이라 10:23 예수께서 성전 안 솔로몬 행각에서 다니시니 10:24 유대인들이 에워싸고 가로되 당신이 언제까지나 우리 마음을 의혹케 하려나이까 그리스도여든 밝히 말하시오 하니 10:25 예수께서 대답하시되 내가 너희에게 말하였으되 믿지 아니하는도다 내가 내 아버지의 이름으로 행하는 일들이 나를 증거하는 것이어늘 10:26 너희가 내 양이 아니므로 믿지 아니하는도다 10:27 내…