시편 묵상30【노염은 잠깐 은총은 평생】220704(월) 에다가와 사랑의 교회

시편 30:1~1230:1 여호와여 내가 주를 높일 것은 주께서 나를 끌어 내사 내 대적으로 나를 인하여 기뻐하지 못하게 하심이니이다30:2 여호와 내 하나님이여 내가 주께 부르짖으매 나를 고치셨나이다30:3 여호와여 주께서 내 영혼을 음부에서 끌어내어 나를 살리사 무덤으로 내려가지 않게 하셨나이다30:4 주의 성도들아 여호와를 찬송하며 그 거룩한 이름에 감사할지어다30:5 그 노염은 잠간이요 그 은총은 평생이로다 저녁에는 울음이 기숙할지라도…

시편 묵상29【공동체를 위한 중보】220702(토) 에다가와 사랑의 교회

시편 28:1~9 28:1 여호와여 내가 주께 부르짖으오니 나의 반석이여 내게 귀를 막지마소서 주께서 내게 잠잠하시면 내가 무덤에 내려가는 자와 같을까 하나이다 28:2 내가 주의 성소를 향하여 나의 손을 들고 주께 부르짖을 때에 나의 간구하는 소리를 들으소서 28:3 악인과 행악하는 자와 함께 나를 끌지 마옵소서 저희는 그 이웃 에게 화평을 말하나 그 마음에는 악독이 있나이다 28:4…

詩篇 黙想29【共同体のためのとりなし】2200702(土) 枝川愛の教会

詩篇 28:1~928:1 主よ私はあなたを呼び求めます。わが岩よどうか私に耳を閉ざさないでください。私に沈黙しないでください。私が穴に下る者どもと同じにされないように。28:2 私の願いの声を聞いてください。私があなたに助けを叫び求めるとき。私の手をあなたの聖所の奥に向けて上げるとき。28:3 どうか悪者や不法を行う者どもと一緒に私を引いて行かないでください。彼らは隣人と平和を語りながらその心には悪があるのです。28:4 彼らの行いとその悪にしたがって彼らに報いてください。その手のわざにしたがって彼らに報いその仕打ちに報復してください。28:5 彼らは主のなさることも御手のわざをも悟らないので主は彼らを打ち壊し建て直すことはされません。28:6 ほむべきかな主。主は私の願いの声を聞かれた。28:7 主は私の力私の盾。私の心は主に拠り頼み私は助けられた。私の心は喜び躍り私は歌をもって主に感謝しよう。28:8 主は彼らの力。主は主に油注がれた者の救いの砦。28:9 どうか御民を救ってください。あなたのゆずりの民を祝福してください。どうか彼らの羊飼いとなっていつまでも彼らを携え導いてください。   詩人は、神様が自分の祈りに答えられないなら、自分は穴に下る者と同じであるという切なる心で祈っています。頼るところは、ただ神様の御名のみです。ということで神様は唯一岩、自分の力と盾であると告白します。詩篇において岩は避け処を言います。神様が、艱難から逃れる避難所となり、基盤が揺れるときに頼れる岩になることは、神の民の特権です。すべてが崩れ落ちても聖徒には終わりではありません。   詩人が対敵している人は表と裏が違うような人々です。彼らは、言葉では平和を語り、平和の契約を結びましたが、それを守らない人々です。詩人が心配しているのはダビデ自分の個人的なことではなく、平和のかぶった偽善と欺瞞の人々から共同体を守ることです。共同体の信頼性の回復のために神様の義の判決を求めています。詩篇28編は「私は」で始まりますが「彼ら」で終わります。つまる、とりなしの祈りです。ダビデが経験した神様の救いを自分だけでなく、すべての共同体が一緒に経験したいからです。ダビデの祈りに従って私たちの共同体をも祝福したと思います。「どうか御民を救ってください。あなたのゆずりの民を祝福してください。どうか彼らの羊飼いとなっていつまでも彼らを携え導いてください。9」

詩篇 黙想28【私はだれを恐れよう】2200701(金) 枝川愛の教会

詩篇 27:1~1427:1 主は私の光私の救い。だれを私は恐れよう。主は私のいのちの砦。だれを私は怖がろう。27:2 私の肉を食らおうと悪を行う者が私に襲いかかったとき崩れ落ちたのは私に逆らう者私の敵であった。27:3 たとえ私に対して陣営が張られても私の心は恐れない。たとえ私に対して戦いが起こってもそれにも私は動じない。27:4 一つのことを私は主に願った。それを私は求めている。私のいのちの日の限り主の家に住むことを。主の麗しさに目を注ぎその宮で思いを巡らすために。27:5 それは主が苦しみの日に私を隠れ場に隠しその幕屋のひそかな所に私をかくまい岩の上に私を上げてくださるからだ。27:6 今私の頭は私を取り囲む敵の上に高く上げられる。私は主の幕屋で喜びのいけにえをささげ主に歌いほめ歌を歌おう。27:7 聞いてください主よ。私が呼ぶこの声を。私をあわれみ私に答えてください。27:8 あなたに代わって私の心は言います。「わたしの顔を慕い求めよ」と。主よあなたの御顔を私は慕い求めます。27:9 どうか御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを怒って押しのけないでください。あなたは私の助けです。見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神よ。27:10 私の父私の母が私を見捨てるときは主が私を取り上げてくださいます。27:11 主よあなたの道を私に教えてください。私を待ち伏せている者どもがいますから私を平らな道に導いてください。27:12 私を敵の意のままにさせないでください。偽りの証人どもが私に向かい立ち暴言を吐いているのです。27:13 もしも私が生ける者の地で主のいつくしみを見ると信じていなかったなら──。27:14 待ち望め主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め主を。   聖徒はより良い状況を祈りますが、神様は状況が変わる前により良い信仰を求めておられます。「主は私の光私の救い。だれを私は恐れよう。主は私のいのちの砦。だれを私は怖がろう。1」という告白は、ダビデがサウルに追われ、洞窟に隠れていたときに告白した詩の始まりです。隠れていた屈辱にはまだ光が照らさず、変わらず死の危機に追い込まれていましたが、ダビデはそこで「主は私の光私の救い。だれを私は恐れよう。主は私のいのちの砦。だれを私は怖がろう。1」と告白します。   このような告白であれば、状況が信仰に打ち勝つことができないため、状況にかかわらず、すでに信仰が勝ちました。信仰が勝てば、後には状況も勝ちます。ダビデは死の危機を克服し、回復し、さらに成功し、王になります。神様が光を確認してそれを認めたからではありません。まだ、光になく、まだ救いの力は臨んでないようですが、ダビデは状況にかかわらず神様を信じ、告白しました。結局、その信仰が状況に勝ち、現実になったのです。状況に勝つ信仰は必ず現実になっていきます。   神様と同行するということ、神様に属しているということは、どんな状況であっても、神様は私の光であり、神様は私の救い主であることを告白することです。そのような信仰と平安は奪われることはありません。聖徒は何を恐れるべきでしょうか。状況と戦うことではなく、自分の信仰と戦います。状況と条件のための取き引きを止めて、神様が私の中におられるようにしなければなりません。  

詩篇 黙想27【よろめくことない誠実】220630(木) 枝川愛の教会

詩篇 26:1~1226:1 主よ私を弁護してください。私は誠実に歩みよろめくことなく主に信頼しています。26:2 主よ私を調べ試みてください。私の心の深みまで精錬してください。26:3 あなたの恵みは私の目の前にありあなたの真理のうちを私は歩み続けました。26:4 私は不信実な人とともに座らず偽善者とともに行きません。26:5 悪を行う者の集まりを憎み悪しき者とともに座りません。26:6 手を洗い自らの潔白を示します。主よ私はあなたの祭壇の周りを歩きます。26:7 感謝の声を響き渡らせて語り告げます。あなたの奇しいみわざのすべてを。26:8 主よ私は愛します。あなたの住まいのある所あなたの栄光のとどまる所を。26:9 どうか私のたましいを罪人どもとともに私のいのちを人の血を流す者どもとともに取り去らないでください。26:10 彼らの手には悪事がありその右の手は賄賂で満ちているのです。26:11 しかし私は誠実に歩みます。私を贖い出してください。あわれんでください。26:12 私の足は平らな所に立っています。数々の集いで私は主をほめたたえます。   神様の前で完全であると言える人間はいません。人生も信仰も完全ではありません。救われることにふさわしいような完璧な人間の行為とはないわけです。けれども、今朝の詩篇でダビデはよろめくことなく、誠実に歩んだと自分の信仰を自負しています。韓国語の訳では、完全という言葉を使っていました。しかし、これは自分の誇りではありません。ダビデが言う完全あるいは誠実とは、神様に信頼ことに揺れないという意味の完全であり、誠実です。   私たちによくある誤解は、一つを取れば、もう一つのを失うということです。神様の恵みを取ると、人間の行為の立場をなくし、人間の行為が強調されると、神様の恵みを転覆してしまいます。しかし、一つがあるからといって一つは廃棄することはありません。信仰の誠実のための努力しなくては、信仰で生きる道は見つかることはできないでしょう。信仰のために努力せず、消極的では、信仰は始めることも、伸びることももありません。信仰の誠実と完全のために信頼をもって走る一日になることを願います。

시편 묵상27【요동치 않는 완전함】220630(목) 에다가와 사랑의 교회

시편 26:1~1226:1 내가 나의 완전함에 행하였사오며 요동치 아니하고 여호와를 의지하였사오니 여호와여 나를 판단하소서26:2 여호와여 나를 살피시고 시험하사 내 뜻과 내 마음을 단련하소서26:3 주의 인자하심이 내 목전에 있나이다 내가 주의 진리 중에 행하여26:4 허망한 사람과 같이 앉지 아니하였사오니 간사한 자와 동행치도 아니하리이다26:5 내가 행악자의 집회를 미워하오니 악한 자와 같이 앉지 아니하리이다26:6 여호와여 내가 무죄하므로 손을 씻고…

詩篇 黙想26【祈りに立たされる人生】220629(水) 枝川愛の教会

詩篇 25:1~2225:1 主よあなたをわがたましいは仰ぎ求めます。25:2 わが神あなたに私は信頼いたします。どうか私が恥を見ないように敵が私に勝ち誇らないようにしてください。25:3 まことにあなたを待ち望む者がだれも恥を見ずゆえなく裏切る者が恥を見ますように。25:4 主よあなたの道を私に知らせあなたの進む道を私に教えてください。25:5 あなたの真理に私を導き教えてください。あなたこそ私の救いの神私はあなたを一日中待ち望みます。25:6 主よ思い起こしてください。あなたのあわれみと恵みを。それらはとこしえからのものです。25:7 私の若いころの罪や背きを思い起こさないでください。あなたの恵みによって私を覚えていてください。主よあなたのいつくしみのゆえに。25:8 主はいつくしみ深く正しくあられます。それゆえ罪人に道をお教えになります。25:9 主は貧しい者を正義に歩ませ貧しい者にご自分の道をお教えになります。25:10 主の道はみな恵みとまことです。主の契約とさとしを守る者には。25:11 主よあなたの御名のゆえに私の咎をお赦しください。それは大きいのです。25:12 主を恐れる人はだれか。主はその人に選ぶべき道をお教えになる。25:13 その人のたましいは幸せの中に宿りその子孫は地を受け継ぐ。25:14 主はご自分を恐れる者と親しく交わりその契約を彼らにお知らせになる。25:15 私の目はいつも主に向かう。主が私の足を罠から引き出してくださるから。25:16 私に御顔を向け私をあわれんでください。私はひとり苦しんでいます。25:17 私の心の苦しみが大きくなりました。どうかこの苦悩から私を引き出してください。25:18 私の悩みと労苦を見て私のすべての罪を赦してください。25:19 ご覧ください。私の敵がどんなに多いかを。彼らは不当な憎しみで私を憎んでいます。25:20 私のたましいを守り私を救い出してください。私が恥を見ないようにしてください。私はあなたに身を避けます。25:21 誠実で直ぐな心で私が保たれますように。私はあなたを待ち望んでいますから。25:22 神よイスラエルをそのすべての苦難から贖い出してください。   敵は詩人を脅かします。詩人は敵が恐くて、また一人であることが恐いです。助けを求めるから、もう一歩神様に近づきます。確かに苦難の時に神様に近づくのです。人間は頼れることがなくなると、神様に頼ります。詩人も神を求めています。神様に保護と助けを求めなければならないからです。   敵は悪人であり、自分は義人であると言える根拠が見つかりません。敵も誰かには義人であり、自分も誰かには悪人かもしれません。ということで祈りは祈りの矢印が変わります。自分に向かいます。ダビデは神様に敵からの保護を求めましたが、すぐに自分の罪に気づき、悔い改めはじめます。   保護と赦しと救いの主権は神様にあります。そのすべての主体は神様です。人間に与えられた主体性は、祈りと省察です。解決の鍵は神様にあり、人間には神様に祈るという鍵を持たれています。だから、危機に神様を求め、神様に出会うと自分に遭います。祈りが自分の現実を見つけ、また祈りが神様の力を見つける実際のもになることを願います。

시편 묵상26【기도로 내몰리는 삶】220629(수) 에다가와 사랑의 교회

시편 25:1~2225:1 여호와여 나의 영혼이 주를 우러러 보나이다25:2 나의 하나님이여 내가 주께 의지하였사오니 나로 부끄럽지 않게 하시고 나의 원수로 나를 이기어 개가를 부르지 못하게 하소서25:3 주를 바라는 자는 수치를 당하지 아니하려니와 무고히 속이는 자는 수치를 당하리이다25:4 여호와여 주의 도를 내게 보이시고 주의 길을 내게 가르치소서25:5 주의 진리로 나를 지도하시고 교훈하소서 주는 내 구원의 하나님이시니 내가…

詩篇 黙想25【門よ頭を上げよ】220628(火) 枝川愛の教会

詩篇 24:1~1024:1 地とそこに満ちているもの世界とその中に住んでいるものそれは主のもの。24:2 主が海に地の基を据え川の上にそれを堅く立てられたからだ。24:3 だれが主の山に登り得るのか。だれが聖なる御前に立てるのか。24:4 手がきよく心の澄んだ人そのたましいをむなしいものに向けず偽りの誓いをしない人。24:5 その人は主から祝福を受け自分の救いの神から義を受ける。24:6 これこそヤコブの一族。神を求める者たちあなたの御顔を慕い求める人々である。セラ24:7 門よおまえたちの頭を上げよ。永遠の戸よ上がれ。栄光の王が入って来られる。24:8 栄光の王とはだれか。強く力ある主。戦いに力ある主。24:9 門よおまえたちの頭を上げよ。永遠の戸よ上がれ。栄光の王が入って来られる。24:10 栄光の王それはだれか。万軍の主この方こそ栄光の王。セラ   22章では絶望的な苦難を受け,23章では義の道に導かれ,たましいが生き返り,24章は栄光の王が勝利します。「門よ頭を上げよ」ということの解釈は、心を大きく開くという命令でありますし、喜んで楽しむということでもあります。そして、この門は、長い間に閉じられていた門です。   王が来るときには、その栄光を受け入れなければなりませんが、門が頭を下げているようです。頭を上げて王を認め、王の栄光を見、それを受け入れなければなりません。地面だけを見つめると、天の栄光を見ることができないからです。栄光の王に降伏し、心の門を開き、王を受け入れることは決して卑劣な敗北ではありません。王の勝利を共有する栄光です。   イエス様を信じ受け入れた日のことはそうでした。心の中に古くて固く閉まった門を開いたら、心の中に喜びがありました。大きい期待感がありました。その門は「永遠の戸」になります。心のロック装置を解除し、神様に向けて心を開放する時、勝利の喜びを味わうことになります。今日も暑いですが、空は高いです。頭を下げて地面だけを見つめないで、天に向かって頭を上げ、門を開き、勝利の栄光を味わうことを願います。  

시편 묵상25【문들아 머리들어라】220628(화) 에다가와 사랑의 교회

시편 24:1~1024:1 땅과 거기 충만한 것과 세계와 그 중에 거하는 자가 다 여호와의 것이로다24:2 여호와께서 그 터를 바다 위에 세우심이여 강들 위에 건설하셨도다24:3 여호와의 산에 오를 자 누구며 그 거룩한 곳에 설 자가 누군고24:4 곧 손이 깨끗하며 마음이 청결하며 뜻을 허탄한데 두지 아니하며 거짓 맹세치 아니하는 자로다24:5 저는 여호와께 복을 받고 구원의 하나님께 의를 얻으리니24:6…