베드로전서 QT2 20201202화【왕같은 제사장】벧전 2장1~10

벧젠 2:1-102:1 그러므로 모든 악독과 모든 궤휼과 외식과 시기와 모든 비방하는 말을 버리고2:2 갓난 아이들같이 순전하고 신령한 젖을 사모하라 이는 이로 말미암아 너희로 구원에 이르도록 자라게 하려 함이라2:3 너희가 주의 인자하심을 맛보았으면 그리하라2:4 사람에게는 버린 바가 되었으나 하나님께는 택하심을 입은 보배로운 산 돌이신 예수에게 나아와2:5 너희도 산 돌같이 신령한 집으로 세워지고 예수 그리스도로 말미암아 하나님이…

Ⅰペテロ QT1 2020122土【帰天】Ⅰペテロ 1章13-25

Ⅰペテロ 1章13-2513 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。14 従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい。16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。」と書いてあるからです。17 また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。18 ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、19 傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。20 キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現われてくださいました。21 あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。22 あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。23 あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。24 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。25 しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。   第Ⅰペテロの手紙は、送られた地域や教会の名前ではなく、発信者のペテロの名前が付いています。アジア地域に送られた手紙ではありますが、手紙を受け取る受信者を「旅人」と呼んでいます。パウロの手紙のように受信者の名前を付けてこの手紙を名付けるなら、「旅人への手紙」になるかもしれません。クリスチャンの人生観は、世に立ち寄る旅人です。それに同意されるでしょうか。試みられるというのは、その認識に混乱が起こるからです。   ペテロがあえて旅人と呼んだのは、教会と信仰が苦しみを受けていたからです。旅人という言葉は、故郷を思い出させ、苦しむ旅人たちにとって故郷というのは、すなわち望みであり、励ましであるからです。旅人は送られたところに来て、時間になるとすべてを置いて家に帰りますが、旅人ではない人は主人として生き、いつかそれを剥奪され、どこかも知らないところへ行かなければなりません。生き方が同じにはなりません。帰るところがあるので旅人は主人よりも幸いです。   信仰の理由で苦難を受けるときにかえって喜ぶことができるのはすべてが「しばらくの間」からです。ペテロは苦しみの中に置かれているクリスチャンに「さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが」むしろ大いに喜ぶなさいと勧めます。苦難は絶望に見えますが、神様は、それを通して練られた純金を造られます。美しく生きること、それが旅人が生きる目的です。旅人の霊性が苦難を乗り越えられる力になります。   ペテロの手紙は、つかの間の旅人だからといって虚無主義で終わることを言っているのではありません。手紙は帰るべき天の望みの中で聖なる民として生きることを語ります。神様が聖い方であるように自分自身も聖く保つのです。偽善と形式を脱ぎ、真実の信仰を持って生きることを勧めます。   そして「あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。22」苦難と天国の望みと信仰という主題は愛に帰結されます。互いに熱く愛することを語ります。先に帰った旅人、そして残された旅人の心に残るのは愛していなかった悔恨、それだけです。最期の言葉をお金、土地、財産の言葉で遺言を残す人の人生はどれほど虚しいことでしょう。旅人が帰った天国は愛にあふれるところです。私たちが故郷に帰った時、家に馴染めないのはおかしなことです。そのように私たち旅人が天の御国に帰った時、そこに馴染めず落ち着かないことなど決してありません。  

베드로전서 QT1 2020121월【귀천】벧전 1장13~25

벧전 1:13-251:13 그러므로 너희 마음의 허리를 동이고 근신하여 예수 그리스도의 나타나실 때에 너희에게 가져올 은혜를 온전히 바랄찌어다1:14 너희가 순종하는 자식처럼 이전 알지 못할 때에 좇던 너희 사욕을 본 삼지 말고1:15 오직 너희를 부르신 거룩한 자처럼 너희도 모든 행실에 거룩한 자가 되라1:16 기록하였으되 내가 거룩하니 너희도 거룩할찌어다 하셨느니라1:17 외모로 보시지 않고 각 사람의 행위대로 판단하시는 자를…

한국어 예배 (2020-12-13)

레위기 3:1-171 사람이 만일 화목제의 희생을 예물로 드리되 소로 드리려거든 수컷이나 암컷이나 흠 없는 것으로 여호와 앞에 드릴지니2 그 예물의 머리에 안수하고 회막문에서 잡을 것이요 아론의 자손 제사장들은 그 피를 제단 사면에 뿌릴 것이며3 그는 또 그 화목제의 희생 중에서 여호와께 화제를 드릴지니 곧 내장에 덮인 기름과 내장에 붙은 모든 기름과4 두 콩팥과 그 위의…

日本語礼拝 (2020-12-13)

レビ記 3:1-171 そのささげ物が交わりのいけにえの場合には、献げようとするのが牛であるなら、雄でも雌でも傷のないものを主の前に献げなければならない。2 まず、ささげ物の頭に手を置き、それを会見の天幕の入り口で屠り、祭司であるアロンの子らがその血を祭壇の側面に振りかける。3 次に交わりのいけにえから、主への食物のささげ物として、内臓をおおう脂肪と、内臓に付いている脂肪すべて、4 また、二つの腎臓と、それに付いている腰のあたりの脂肪、さらに腎臓とともに取り除いた、肝臓の上の小葉を献げる。5 アロンの子らは、これを祭壇の上で、火の上の薪の上にある全焼のささげ物に載せて、焼いて煙にする。これは主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。6 交わりのいけにえとしての、主へのささげ物が羊であるなら、雄でも雌でも傷のないものを献げなければならない。7 ささげ物として献げようとするのが子羊であるなら、それを主の前に連れて来る。8 そして、そのささげ物の頭に手を置き、それを会見の天幕の前で屠る。アロンの子らは、その血を祭壇の側面に振りかける。9 そして、その交わりのいけにえから、主への食物のささげ物としてその脂肪を献げる。すなわち、背骨に沿って取り除いたあぶら尾すべて、内臓をおおう脂肪、内臓に付いている脂肪すべて、10 また、二つの腎臓と、それに付いている腰のあたりの脂肪、さらに腎臓とともに取り除いた、肝臓の上の小葉である。11 祭司は祭壇の上で、それを食物として、主への食物のささげ物として焼いて煙にする。12 そのささげ物がやぎであるなら、それを主の前に連れて行く。13 そして、ささげ物の頭に手を置き、それを会見の天幕の前で屠る。アロンの子らは、その血を祭壇の側面に振りかける。14 そして主への食物のささげ物として、そのいけにえから、内臓をおおう脂肪と、内臓に付いている脂肪すべて、15 また、二つの腎臓と、それに付いている腰のあたりの脂肪、さらに腎臓とともに取り除いた、肝臓の上の小葉を献げる。16 祭司は祭壇の上で、それを食物として、芳ばしい香りのための食物のささげ物として焼いて煙にする。脂肪はすべて主のものである。17 あなたがたがどこに住んでいても代々守るべき、永遠の掟はこれである。あなたがたは、いかなる脂肪も血も食べてはならない。」

ダニエル QT25 2020122土【思慮深い人々は】ダニエル 12章1-13

ダニエル 12章1-131 その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる。国が始まって以来、その時まで、かつてなかったほどの苦難の時が来る。しかし、その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる。2 地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。3 思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。4 ダニエルよ。あなたは終わりの時まで、このことばを秘めておき、この書を封じておけ。多くの者は知識を増そうと探り回ろう。」5 私、ダニエルが見ていると、見よ、ふたりの人が立っていて、ひとりは川のこちら岸に、ほかのひとりは川の向こう岸にいた。6 それで私は、川の水の上にいる、あの亜麻布の衣を着た人に言った。「この不思議なことは、いつになって終わるのですか。」7 すると私は、川の水の上にいる、あの亜麻布の衣を着た人が語るのを聞いた。彼は、その右手と左手を天に向けて上げ、永遠に生きる方をさして誓って言った。「それは、ひと時とふた時と半時である。聖なる民の勢力を打ち砕くことが終わったとき、これらすべてのことが成就する。」8 私はこれを聞いたが、悟ることができなかった。そこで、私は尋ねた。「わが主よ。この終わりは、どうなるのでしょう。」9 彼は言った。「ダニエルよ。行け。このことばは、終わりの時まで、秘められ、封じられているからだ。10 多くの者は、身を清め、白くし、こうして練られる。悪者どもは悪を行ない、ひとりも悟る者がいない。しかし、思慮深い人々は悟る。11 常供のささげ物が取り除かれ、荒らす忌むべきものが据えられる時から千二百九十日がある。12 幸いなことよ。忍んで待ち、千三百三十五日に達する者は。13 あなたは終わりまで歩み、休みに入れ。あなたは時の終わりに、あなたの割り当ての地に立つ。」   1節で「その時」という言葉を3回繰り返して、人類の終末の時を語ります。目に見えるものが全てではありません。世界で起こるいかなることも神様の摂理と計画の外で起こることはありません。これがダニエルの核心的なメッセージであります。終末は神様の主権のもと恐ろしさとともに到来しますが、神様はご自分の民を天使長ミカエルを遣わして守れられます。   旧約全体において「永遠のいのち」という言葉は2節に初めて出てきます。終末に起こる災いが過ぎると死んだ人が復活します。ある人々は、永遠のいのちを受け、ある人々は、永遠の忌みを受けます。ここで言う忌みとは恥です。誰にでも恥はあります。その恥が永遠に拭い取られない人と、恥が拭われ永遠のいのちを受ける人とに分かれるということです。   この救済論は、宣教論の願いにつながります。「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。12:3」いのちの復活に出てくるためには、多くのものを義にしなければなりません。しかし自らによってはできないため、知恵ある者の役割が必要なのです。それこそが宣教です。   マタイ13章でイエス様が終末の時を告げる時にも、これを引用して「そのとき、正しい者たちは、天の父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。43」と言われました。ダニエルは確かにそのような人でした。ダニエルの知恵の力は神を証しする信仰から与えられたものです。   誰かには確かに恐ろしい予言でありますが、誰かには確かに平安です。13節によれば、神の民の生き方は明らかです。恐れることなく、与えられた日を平安の中に生きるのです。神の民は世が激しく揺れ動く時にも、不義に身をまかせることもなく決して揺れません。それが不安に生きることです。義を行ない、救いといのちの知恵を伝えて生きる人は、いのちの復活に出会います。    

다니엘 QT25 20201212토【지혜 있는 자는】다니엘 12장1~13

다니엘 12:1-1312:1 그 때에 네 민족을 호위하는 대군 미가엘이 일어날 것이요 또 환난이 있으리니 이는 개국 이래로 그때까지 없던 환난일 것이며 그 때에 네 백성 중 무릇 책에 기록된 모든 자가 구원을 얻을 것이라12:2 땅의 티끌 가운데서 자는 자 중에 많이 깨어 영생을 얻는 자도 있겠고 수욕을 받아서 무궁히 부끄러움을 입을 자도 있을 것이며12:3 지혜…

ダニエル QT24 2020121金【終わりの時に】ダニエル 11章36-45

ダニエル 11章36-4536 この王は、思いのままにふるまい、すべての神よりも自分を高め、大いなるものとし、神の神に向かってあきれ果てるようなことを語り、憤りが終わるまで栄える。定められていることが、なされるからである。37 彼は、先祖の神々を心にかけず、女たちの慕うものも、どんな神々も心にかけない。すべてにまさって自分を大きいものとするからだ。38 その代わりに、彼はとりでの神をあがめ、金、銀、宝石、宝物で、彼の先祖たちの知らなかった神をあがめる。39 彼は外国の神の助けによって、城壁のあるとりでを取り、彼が認める者には、栄誉を増し加え、多くのものを治めさせ、代価として国土を分け与える。40 終わりの時に、南の王が彼と戦いを交える。北の王は戦車、騎兵、および大船団を率いて、彼を襲撃し、国々に侵入し、押し流して越えて行く。41 彼は麗しい国に攻め入り、多くの国々が倒れる。しかし、エドムとモアブ、またアモン人のおもだった人々は、彼の手から逃げる。42 彼は国々に手を伸ばし、エジプトの国ものがれることはない。43 彼は金銀の秘蔵物と、エジプトのすべての宝物を手に入れ、ルブ人とクシュ人が彼につき従う。44 しかし、東と北からの知らせが彼を脅かす。彼は、多くの者を絶滅しようとして、激しく怒って出て行く。45 彼は、海と聖なる麗しい山との間に、本営の天幕を張る。しかし、ついに彼の終わりが来て、彼を助ける者はひとりもない。   アンティオコスの暴政はマカバイの独立運動を起こし、マカバイは神殿を聖め、礼拝を再開します。アンティオコスは自分のために立てた祭壇をユダヤ人が取り壊したということを聞いて絶望に陥りました。   泥棒は盗んだものを自分のものだと思い込みます。アンティオコスもそれを失って火病にかかります。自分が奪ったものをどれほど自分のものと思ったのか、その喪失感にうつ病と不眠症にかかり、苦しみの中で死にました。   10章から始まり、これまで読んできたダニエルの予言が、アンティオコス4世をめぐる紀元前2世紀、そして古代近東で起きた政治的状況であることに関して学者らの異見はありません。   ところが、今日の本文に関してはアンティオコスの最後という歴史的事件ではなく、反キリストの出現と世の終末を予言しているという見解が、これを研究する学者たちの主な意見です。11章の終わりが12章の黙示に繋がることを考えると、終末の時であるという理解に納得がいきます。   反キリストは、まだ来ていないので、この予言は、私たちの時代にも進行形です。反キリストは、アンティオコスのように権威を、偽りと戦争を通して得ることになります。権威を得るために人を裏切り、金を集めて投資します。人の心と宗教を用います。   しかし、終わりの時に、神の怒りが反キリストと世界のすべての邪悪な者たちの上に下ります。悪は善が不在すると現れるものです。神が現れると悪は消えさります。   紀元前6世紀に書かれたダニエルの予言は、古代近東の歴史の中で成就され、まだみ言葉は、なお成就に向かって進んでいます。その時がいつなのか知ることはできないが、平和を手にしている人は、信仰と善の中にとどまる人なのです。  

다니엘 QT24 20201211【마지막 때에】다니엘 11장36~45

다니엘 11:36-4511:36 이 왕이 자기 뜻대로 행하며 스스로 높여 모든 신보다 크다 하며 비상한 말로 신들의 신을 대적하며 형통하기를 분노하심이 쉴 때까지 하리니 이는 그 작정된 일이 반드시 이룰 것임이니라11:37 그가 모든 것보다 스스로 크다 하고 그 열조의 신들과 여자의 사모하는 것을 돌아보지 아니하며 아무 신이든지 돌아보지 아니할 것이나11:38 그 대신에 세력의 신을 공경할 것이요…

ダニエル QT23 20201210木【神を知る人は堅く立つ】ダニエル 11章20-35

ダニエル 11章20-3520 彼に代わって、ひとりの人が起こる。彼は輝かしい国に、税を取り立てる者を行き巡らすが、数日のうちに、怒りにもよらず、戦いにもよらないで、破られる。21 彼に代わって、ひとりの卑劣な者が起こる。彼には国の尊厳は与えられないが、彼は不意にやって来て、巧言を使って国を堅く握る。22 洪水のような軍勢も、彼によって一掃され、打ち砕かれ、契約の君主もまた、打ち砕かれる。23 彼は、同盟しては、これを欺き、ますます小国の間で勢力を得る。24 彼は不意に州の肥沃な地域に侵入し、彼の父たちも、父の父たちもしなかったことを行なう。彼は、そのかすめ奪った物、分捕り物、財宝を、彼らの間で分け合う。彼はたくらみを設けて、要塞を攻めるが、それは、時が来るまでのことである。25 彼は勢力と勇気を駆り立て、大軍勢を率いて南の王に立ち向かう。南の王もまた、非常に強い大軍勢を率い、奮い立ってこれと戦う。しかし、彼は抵抗することができなくなる。彼に対してたくらみを設ける者たちがあるからである。26 彼のごちそうを食べる者たちが彼を滅ぼし、彼の軍勢は押し流され、多くの者が刺し殺されて倒れる。27 このふたりの王は、心では悪事を計りながら、一つ食卓につき、まやかしを言うが、成功しない。その終わりは、まだ定めの時にかかっているからだ。28 彼は多くの財宝を携えて自分の国に帰るが、彼の心は聖なる契約を敵視して、ほしいままにふるまい、自分の国に帰る。29 定めの時になって、彼は再び南へ攻めて行くが、この二度目は、初めのときのようではない。30 キティムの船が彼に立ち向かって来るので、彼は落胆して引き返し、聖なる契約にいきりたち、ほしいままにふるまう。彼は帰って行って、その聖なる契約を捨てた者たちを重く取り立てるようになる。31 彼の軍隊は立ち上がり、聖所ととりでを汚し、常供のささげ物を取り除き、荒らす忌むべきものを据える。32 彼は契約を犯す者たちを巧言をもって堕落させるが、自分の神を知る人たちは、堅く立って事を行なう。33 民の中の思慮深い人たちは、多くの人を悟らせる。彼らは、長い間、剣にかかり、火に焼かれ、とりことなり、かすめ奪われて倒れる。34 彼らが倒れるとき、彼らへの助けは少ないが、多くの人は、巧言を使って思慮深い人につく。35 思慮深い人のうちのある者は、終わりの時までに彼らを練り、清め、白くするために倒れるが、それは、定めの時がまだ来ないからである。   この本文を理解するには、紀元前2世紀のプトレマイオス王朝と、シリアのセレウコス王朝の間に起きた複雑な政治的状況と、その狭間に置かれていたユダヤの歴史を理解する必要があります。卑劣な者が王になるというのは、アンティオコス4世が卑劣に王位を簒奪することを意味しています。彼も王族ではありますが、卑劣な方法で王になるべき嫡子の甥を排除し、王位を奪います。彼は生まれながらの権謀術数によってエジプトとパレスチナまで征服します。   エジプトの政界を四分五裂にし、征服した後、帰り道でエルサレムでしばらく留まります。当時のユダヤは王がなく、政治的な実権を大祭司が握っていました。ユダヤ人ヤソンという者がアンティオコスに提案します。大祭司オニアスを追い出し、自分に大祭司職を与えるなら政治的な代価を払うという提案でした。つまり売国行為を犯したのでした。   アンティオコス4世は彼の提案どおりオニアスを大祭司で免職させ、ヤソンを大祭司に任じました。これを見たメネルラオスという者をまたアンティオコスに提案します。ヤソンよりも多くの代価を払うからヤソンを捨てて自分を大祭司にしてくださいということです。ユダヤはこのような機会主義者たちによって食い、食われの時代を送ります。アンティオコスも様々な卑劣な方法を使いますが損はしませんでした。   ところが、アンティオコスが立てたメネルラオスは、アロンの子孫ではなく、ベニヤミンの部族でした。これは、律法が定めた千年の伝統に背くことでした。メネルラオスはアンティオコスに捧げなければならない賄賂にかかる費用を充当するために、捧げものと神殿の聖物を売り出しました。メネルラオスはこれに抵抗する祭司とユダヤ人を殺し、アンティオコスはこれを傍観します。   迫害はますますひどくなり、アンティオコスは律法を廃止します。安息日遵守と祭り、いけにえ、割礼を禁止させ、さらに自分の誕生日に礼拝を強要します。律法書を燃やし神殿の祭壇で豚肉をささげ、ユダヤ人に豚肉を食べるように強制しました。   今日の本文は、今の時代にまで来る国際情勢の道のりを予言しています。このような強圧的な政策はユダには通用しませんでした。結果的に神聖冒涜をそれ以上耐えられなかったユダヤにはマカバイ革命というユダヤ独立戦争が起きます。権謀術数の政治と堕落した宗教の時代にも、礼拝の回復のために起こる人は必ずいます。